トーキングアバウト“トーキングアバウト”
さて、ずっとお届けしてきております『トーキングアバウト青い鳥のタロット』。
今回は特別篇として、この連載企画『トーキングアバウト』自体について“トーキングアバウト”してみたいと思います。これまでずっとナビゲーションしてきて下さった、取材・構成担当の藤井まほさんに焦点を当てて、川口の構成によりお届けいたします。藤井まほさん、青い鳥のタロット監修のみかみまきさん、そして私川口が恵比寿のカフェに集まってお話ししてきました。
■ 藤井まほさんとのご縁
藤井まほさんと初めてお会いしたのは2012年11月『青い鳥のタロット』発売記念の私の個展でした。まほさんが三上さんとの繋がりで個展に来てくださり、お話しをしている中で、音楽関係のライターをなさっていたということを伺いました。その場で、たまたま三上さんに手渡していた本を見て、とても驚いたのです。
それがこの本です。
『アンビエント・ドライヴァー 細野晴臣』
画像は川口の私物
私はこれまでに幾度も大規模な蔵書の整理をしていますが、厳しい選別を乗り越えて、ずっと書棚に残り続けていた本。
大の音楽好きの私ですが、五人、いや三人、“人生で最も重要な音楽家”を選ぶとしたらそこに入るであろう、小学生の頃からずっと多大な影響を受け続けた偉大な音楽家 細野晴臣 大先生。
師の多様な音楽キャリアの中でも特に刺激を受けた、アンビエントミュージック時代の珠玉の言葉達。
その本の取材構成を担当された“山本淑子”さんこそ、なんとここで“藤井まほ”と呼んでいる、その方だったのです。
※[ネタ明かし]トーキングアバウトのロゴとページデザインは、このハードカバー版“アンビエント・ドライヴァー”の装幀への熱烈なオマージュとして、このようにしてみました。全然青い鳥と違うパープルベースのデザインが突然出てきたのにはこんな理由があったのでした(本の装幀は当時気鋭のデザインユニット「生意気」による)
川口 このアンビエント・ドライヴァー。書店で平積みされているのを見かけて、すぐに買って読んで、とても感銘を受けました。2006年……10年前ですね。こんなに付箋をつけるぐらい愛読してきたんです。
藤井まほ(以下 まほ) ずいぶんと読み込んでますねぇ。あのとき川口さんの個展にこの本を持参して三上さんにプレゼントしていなかったら……いったいどうなっていたんでしょうか(笑)。本当に偶然がピンポイントで重なりあった末に、いまこの場にいるんだなと思います。とりわけ不思議なのは、この本で語られていることは、細野さんの本質ではあるけれど、音楽家のキャリアにおいてはやや特異というのかな。メジャーなところではやはりYMOとしての活動があった一方で、音楽的にも演奏や録音といった技術の面でも、非常にマニアックな知識と関心のある方ですよね。ただ、この本で取材させていただいていた頃は、細野さん自らおっしゃっているようにやや世間から一歩退いて内省的だった時代で、その傾向と時代の波とアンビエントという音楽の本質が響き合っていたのだと思います。そんなこともあってこの本はやや真面目で深刻な感じになっちゃってますが、忘れちゃいけない細野さんの持ち味である独特のユーモアのセンスはたとえばラジオでのトークやほかの対談集などでもっとよく発揮されているかもしれません。
川口 この本は、内容もさることながら、よいイメージの文体、透明感、雰囲気そのものがすごく好きでした。
まほ インタビューでうかがったお話を、語り口調ではなく書き言葉に直して構成してねというのが担当編集者からの唯一の注文でした。細野さんのお話をきちんと、でも不自然にならないようにということに心を砕いて仕上がったものです。わたしにとっても、談話をこれだけしっかり書き言葉に落とす仕事は初めてでした。
川口 この本から滲み出てくるクリアーな感じは、トーキングアバウトにもよく出ていると思います。
■ “アンビエント・ドライヴァー”
川口 この秀逸なタイトルはどなたの発案ですか?
まほ 細野さんです。文中にもありますが、パソコンの“デバイスドライバー”の、ドライバー。『“アンビエント”と接続する部分の話をしたい』ということでした。
川口 さすが細野さん、発想が面白いですよね。アンビエントを《認識》して、《有効にする》ためのもの、ということですね。確かにアンビエントは音楽としてはかなり抽象度が高くて、なかなか難解な音楽ですよね。尊敬する細野さんというドライバーがなかったら、私もあの音楽性に《接続》できなかったかもしれない。
三上 お二人がそういうピンポイントなところで盛り上がるというのが私からするとかなり不思議なことなんですが、そもそもアンビエントというのは?
まほ アンビエントは、いまやジャンルというよりは、テーマ性としてエレクトロニカなどに取り込まれて生きているもので……
三上 サントラみたいなもの?
川口 そういう視点だと、物語という“時間”軸に寄り添う劇伴音楽と違って、例えば空港とか展覧会とか、現実のその“場”のための音楽として作られたものもありますね。
まほ 盛り上がらないんですよ(笑)。抽象画のようなもので、具体性がない。
川口 メロディ・リズムのニ大要素がない音楽。さらには展開にも乏しく、調性もかなり曖昧だったりもする。音楽を音楽たらしめる要素があらかじめかなり欠けていて、確かにまさに抽象画!
まほ CDの音飛びした「音」をつらねて楽曲を構成したりとか、コンセプチュアルな部分も多分にあったりします。
三上 アート的なんですね。
まほ そうなんですよ。こうしたコンセプトや手法による作品は結構昔から実験音楽として存在したんですが、もっと「高尚」な感じでした。ブライアン・イーノをはじめとするポップミュージックのアーティストたちがやり出したのは、70年代後半くらいからですね。
■ 藤井まほさんと『アンビエント・ドライヴァー』
川口 まほさんが音楽ライターとしてこの本を書くに至った経緯というのは?
まほ 最初は一年の予定で始まった月刊誌の連載記事でした。企画というほどのものも何もなくて(笑)。ひょんなことからたまたま連載が始まって、主に1995年頃に雑誌『エスクァイア日本版』で、2002年から2006年に『ソトコト』で、連載されていたものがやがて単行本になりました。連載当時は本になるようなものとは思わなかったんですけどね。それからさらに時が経って、2016年に文庫が出たんです。
川口 連載開始から10年で単行本、そこから10年で文庫本……すごいスケールですね。
三上 本に力があるんですね。
■ 細野晴臣という人
川口 細野さんはどんな方でしたか?
まほ かつてのマネジャー曰く「響きの人」。耳がいいだけじゃなくて、身体全体が受信機のようなところがある。そういうところでプロデューサーとしても才能を発揮されてきました。きっちりした「好み」はある一方で、音楽の素養というか、聴いてきた音楽がとにかく幅広いんですよね。日本の音楽なら民謡や浪曲とかね。これは故・大滝詠一さんなどある世代以上の日本のミュージシャンに共通するものなのですが。そんな資質とバックグラウンドがありながら細野さんはアンビエントやテクノのようなエッジーな音楽をやりつつ松田聖子やイモ欽トリオのヒット曲も書く。本人曰く「ミーハー」なんだそうですよ。(笑)
川口 えーっ(笑)
まほ 庶民的とされる蟹座生まれですからね。そういえば、この本の中でも海や波のメタファーがよく出てきました。わたしが何より尊敬しているのは、自分に対して距離を取れるところです。ホロスコープを見ると、個人天体は蟹座と魚座なんですよね。空気を読んで、潮が満ち干きするように、移り変わるところもあるのかな。そして移り変わる自分を自覚して、それを引いて見ているところでは、核となる不変の視点ももちろんあるんですよ。長いキャリアの中で、彼が隠遁して、非常にアンビエント寄りであった時期に考えていたことが書かれた本と言えますね。
■ トーキングアバウトについて
川口 そんな三上さんもびっくりの運命的な繋がりがあったもので、「なにか青い鳥のタロットの制作話をやりたい」と思ったとき、その取材構成に関してはまほさんを筆頭候補として念頭に置いて話が進んでいきました。そして現在このように、『トーキングアバウト』として連載が進みつつあります。
三上 言葉に閉じ込めるのはすこし恐さもあるのですけど。
川口 一般的なニーズから言えば『このカードは簡単に言うとこんな意味だからこれが出たら気をつけましょう』などとカードの吉凶だけを記したマニュアルとか、マンガみたいな簡単に読める親しみやすさが求められているのでしょうが、この『トーキングアバウト』はそれだけで終わりたくなかった。キャッチーなわかりやすさを狙って無理に明快にするのではなく、多少読解に骨が折れたとしても、ある程度複雑な全体像が出ているようなものであって欲しい。親しみやすさ、手に取りやすさよりも、中身の詰まったものにしたいと思っていました。
まほ 読み方にもよると思いますけれど、かなり勉強になる内容じゃないかなと思います。今は「サービス」へのニーズが多い時代。キャッチコピーに飾りがついたぐらいのコンパクトなものが求められる傾向があるし、お手軽さが好まれるけど、敢えてサービス過剰にしないで「それって何? どうなってるの?」と思わせる余白を残せたらいいなと。最低限の説明は入れているけれど、調べれば分かることについてはあえて解説しすぎないようにしています。「自分で探すことに意味がある」ことってあると思うんです。
川口 今は、「まとめ」られたものや、刺激的な見出し、わかりやすくマンガみたいに構成されたものが流行っていますよね。全体に情報が極端に多い時代だからそれも良くわかるけれども、それらは結局、厳密さ、正確さ、深さみたいなものを犠牲にしている。大げさに言うと、人が獲得し育ててきた知性をスポイルしているとも言える。そういう流れには乗りたくないというのは、私も常にあります。まほさんは、この『トーキングアバウト』をやっていて感じることなどありますか?
まほ 占い師でもあるので、単純にタロットそのものや、作られた経緯への興味ももちろんあるけれど。青い鳥のタロットのように体を張ってなされた仕事と向き合うときには、こちらも思考と感覚といったエネルギーを注入し尽くす必要があるなあと思いますね。
川口 思考と感覚を注ぐ?
まほ 一回自分の頭と身体を通すって言うとわかりやすいでしょうか。ライターとしてそれなりに経験を積んでいますから(笑) インタビューでうかがったことを反射的に原稿として構成できるような取材ももちろんあるんですが、これはそういうケースではないっていうことです。『トーキングアバウト』を担当するようになってから、たとえば、大アルカナと小アルカナが自分のなかで自然に繋がりをもって認識されてくる瞬間があったり。別のことをしているときに、大アルカナのストーリーや個々のカードの意味が想起される感覚があったり。そういうことが起こるのは、わたしも原稿を構成するときに思考と感覚を注ぎ込んだからかなぁと思ったりしますね。そうやって頭や身体を一回通すと、聴いて理解したことや書いた内容が身体や無意識にしみこんで、意外なときに立ち上がってくるらしいんです。
川口 そんなことが。
まほ ものを作ってる方の話はおもしろいです。作り手の人となりや姿勢にインスパイアされるだけでなく、こちらもそれに見合うだけのエネルギーを使わないと成果物はしょぼいものになってしまう。もうひとつ、どんなジャンルであれ作家の方に取材するのが好きなのは、 “プロセスマニア”だから。極端に言うと完成品自体よりもそれが作られたプロセスに興味があるんです。
川口 プロセスマニア!
まほ 展示などを見に行って、作家の人に “どうしてそうなっているのか”、“どうしてその技法や素材を選んだのか”などをうかがうのがすごく好き。小さな質問かもしれないけど、そこからすごく面白い答えが聞けたりします。わたしのつれあいは料理人なんですが、いちばん喜ぶ質問は「この料理はどうやって作るの? どこからこういう発想が来たの?」だったりしますよ。
■ 藤井まほという人と仕事
川口 そういえばまほさんは料理のお仕事もされてるんでしたよね。いくつもの肩書があって、どんな方なのか、いまだによくわからないんですが…まず中心にライターの経歴があって…占いやアロマやお菓子作りを始めたのは仕事の裾野を広げるような意図があって?
まほ 自分でもよくわからないんです(笑)。ご縁があってご依頼を受けてやってるうちに、どんどん仕事の種類が増えちゃって、仕事用の名前も増えちゃって、だんだんともう「仕方ないな」と受け入れるようになりまして(笑)。「いろいろカードがあるので好きなの取ってください」というような感じです。
川口 承知しました(笑) 今現在は鑑定の仕事とかは?
まほ みなさんからはやってなさそうに見えるらしいのですが静かにやってます(笑)。依頼があれば全然やります。やる気も全然ありますってここで言っとかないと!(笑)
川口 なるほどそういうことなんですね!わかってきました。『日本料理』とか決めてないお店で、しかもお品書きをそとにメニューを出してない店みたいな。
まほ 出さなきゃいけないっていつも焦るんですけど、蕎麦屋っていう看板出していても今日どうしてもピザを出したい日もあって…(笑) 結局それを面白がってくれる人がお客さんになったりする。
川口 とにかく入ってみて、大将と仲良くなって少しずつ……
まほ いえいえそういう偉そうなもんじゃないんです。敷居は高くなくて、ご注文にはつとめて柔軟に応じたいタイプです。
川口 なるほど。
まほ でも、マルチにやりますって!って押したいわけでもなくて……うまく言えないんですけど。どこにでもある定番をというのが苦手というか好きじゃなくて、むしろ無茶振りに近いほどワガママなご注文を受けてカスタマイズしたものを組み立てるのが得意なほうです。
川口 それはよくわかります! よく『文とか絵とかいろいろやりたがるけど、どれもそこそこアマチュアなレベル……』というケースがあるけど、まほさんは全然違って、すごくハイレベルなんですよ。出すもののレベルがすごくキメの細かい完成度がある。アンビエント・ドライヴァーなんて『文とか取材とかもいろいろやりまーす』というレベルではああいうものにならない。
まほ ありがとうございます。せっかくこういうスタンスなので専業の音楽ライターさん方とはまた違うところで味を出せたらとは思っています。
三上 料理もすごく美味しいんですよ。ほんとに。
川口 (食べたい)
まほ あと、今はあまり需要がなさそうですが、「勉強したい気持ちに火をつけるようなもの」が得意かなと思います。そういうものに価値があると、わたしは思うし。鑑定した方からも、まほさんの鑑定を受けて占星術に興味を持ちましたとか、教えてくださいとか言われることが多いんです、こちらが生涯一学徒のつもりでいても。たぶんわたし自身が学ぶことが好きだから、その楽しさが伝わるんでしょうね。
川口 それはすごくわかりますね。アンビエント・ドライヴァーから私が受け取ったものもそうなのかも。やはりまほさんありきの『トーキング・アバウト』ですね。『トーキング・アバウト』も、読んでくれる方にとっての「勉強したい気持ちに火をつける」ものになったらとても嬉しいですね。
藤井まほさんのウェブサイト| ambient alchemy 藤井まほのアロマな時間
■ 必要な『複雑さ』
まほ ところで川口さん、せっかくこんなに付箋を貼った蔵書を持ってきてくださったんだから、どこか1ヵ所でもお気に入りのところを教えてもらえませんか?
川口 お! 待ってましたそのお言葉。では、私が当時すごく感銘を受けたところを引用しますね。
“―音楽をつくる前は、無秩序状態で混沌としている。それを整理し、資料を揃えて、メロディをつくったり捨てたりするプロセスを経て、徐々に形になってくるわけだ。同じプロセスを辿らないで、同じように複雑な結果だけを望むなら、あちこちからの寄せ集めで一見複雑そうなものをつくるしかない。ところが、そうしてできたものには捨て去った「外情報」がないから、複雑なものにはならないのだ。複雑性というのは、いかに多くを捨て去ったかによって生まれるのだから。そうした「外情報」の欠落に、人間は敏感だ。だから、プロセスを経ずに意図してつくられたものはすぐに見抜かれてしまう。”“―予想してなかったことに出会うと、誰しもわくわくして脳が活性化するものだ。好奇心をそそり、想像力をかき立てる意外性と複雑性が、人間には不可欠なのではないか。”
まほ デンマークの科学ジャーナリスト、トール・ノーレットランダーシュが書いた『ユーザーイリュージョン』ですね。細野さんに教えてもらってわたしも読んだのですが、すごく面白い本なんですよ。
川口 これってタロットカードの制作にも完全に当てはまる話です。ウェイト・スミス版の絵を見て、絵描きとして、絵だけを表面的にアレンジして描き直すのはとても簡単。でもそれではあまりに安易で、意味がない。いま引用した部分で説明されている《外情報》がごっそりなくて、結果をなぞっているだけのもの。いろんな情報があって、それらを一旦鍋に全部注いで、最終的に一枚一枚のシンプルな絵が出てくる。何を注ぎ込んだかは『トーキングアバウト』でこのようにして外に出さない限り他の人にはわからないんだけど。
まほ 《インフォメーション》と《エクスフォーメーション》。《中情報》と《外情報》。エクスフォーメーションによって裏付けられてないインフォメーションは複雑性に欠けるという話ですよね。例えば映画のあらすじだけを説明して、映画全編を観たときの体験を共有できるかどうかとか。
川口 そうですね。
まほ タロットの話に戻すと。一枚の絵を描くにあたって積み上げられた研究や検討の大きな氷のかたまりが海にあるとして。その氷山全体のうち、水面に出たわずかな部分が、最終的にカードに残った絵なわけです。水面下でそれを支える何十倍もの《外情報》の一部を、読んでいるみなさんにもお見せできるのが、この『トーキングアバウト』ですね。プロセスマニアとしてとても興味深いところです。わたし自身も対談を取材していた当時はまだわからなかったことが、まとめていく段階でわかっていくことがあります。ここから先、“濃いめ”のカードが続いていきますし、リテイク版(製品版)の『The FOOL 愚者』の話では現場でも非常に興味深い話題が出て盛り上がったので、読者のみなさんにも是非楽しみにしていただきたいですね。
川口 引き続きなにとぞよろしくお願いいたします。
―今回は、このトーキングアバウトの取材・構成をしてくださっている藤井まほさんについて、そして出会いの大きなきっかけであった細野晴臣さんのアンビエント・ドライヴァーについて、川口からご紹介致しました。
次回はまた通常版、まほさんのナビゲートに戻って「XIII Death 死神」ですどうぞお楽しみに!
[取材・構成 川口 忠彦]