The FOOL -愚者-
「The FOOL 愚者」のカードは、放浪、無邪気さ、無計画、秩序の外、自由、愚かさといった意味をもつとされます。通常は、小さくまとめた荷物を担いだ若者が崖っぷちを歩く絵柄が多いのではないでしょうか。脇にいる犬が吠えたり服の裾を噛んだりしているのは、無防備な彼に危険を知らせているとも。
カードナンバーとしてO(ゼロ)が振られているデッキもありますが、このデッキの「The FOOL 愚者」はノーナンバー。
実は、「青い鳥のタロット」の「The FOOL 愚者」には、今使われている正規版だけでなく「The FOOL 愚者(未使用)」と呼ばれる”幻”の版もあるのです。このトーキングアバウトのイントロダクションでも少し触れたそのあたりの経緯を、まずは川口さんに伺ってみましょう。
――「The FOOL 愚者(未使用)」は、2012年の5月開催のデザインフェスタで展示された6枚のうちの1枚と伺いました。結果としてタロットには「未使用」ですが、一度は作品として発表されたことがあったんですね。
川口忠彦(以下川口) はい。この対談のイントロダクションでもお話ししたとおり、僕がタロットを描こうと思い立ち、三上さんに監修をお願いしたのが2011年。翌2012年春にデザインフェスタで展示しようと6点の作画を始めました。そのうちの1点が「The FOOL 愚者(未使用)」です。
――展示された6点には「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」など好評なものもあったそうですね。「The FOOL 愚者(未使用)」だけが、タロットに採用されなかったのはなぜなのでしょう?
川口 現行の「The FOOL 愚者」はデザインフェスタで展示したものとは別に、一から描き直したものなんです。僕自身が気に入らなくて描き直したかったのが大きいのですが、この絵に関しては三上さんの反応も思わしくなくて。
三上牧(以下三上) 川口さんがいちばん最初に描かれたのがこのカードだったんですよね。初めて見せていただいたとき、理由はわからないのですが「何か違う」と感じたんです。
川口 当初は三上さんとどのようにコラボしていくかも決まっていなくて……。「The FOOL 愚者(未使用)」と「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」の2枚は、ほとんど三上さんに相談せずにいきなり描いたんです。
三上 「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」のほうは一目見て文句なしにすばらしい作品と思えただけに、「The FOOL 愚者(未使用)」とのギャップを感じたところもありましたね。
――川口さんは、デザインフェスタの会場で販売したポストカードセットに、「The FOOL 愚者(未使用)」だけ入れなかったとおっしゃっていましたね。
川口 「これはダメだ」という感覚が強く、デザフェスで展示はしたものの、自分のなかではすでに描き直すことが決まっていました。思い返して見ると、一枚目ということで、とにかく“硬かった”ですね。展示などでご覧になった方はわかるかと思うのですが、かなりウェイト・スミス版そのままというか、構図・構成ほとんどそのままで、タッチや小物のデザインなどだけで違いをつけようとしたという感じです。今思えば窮屈で息苦しくて、かなり!…描きにくかった記憶があります。
その後すぐに「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」にとりかかったのですが、窮屈で描きにくかったことへの反省から、「ここではいったん“準拠”は置いておいて、自分が漠然と思い描いた《素敵なタロット絵》を描いてみよう。そこから改めて正しいものに寄せていくように描いてみよう」と思い直して描いてみました。
するととてもイメージ通りで、自分なりに良いものができたので、自信を持ってその先を進めていけたと思います。(「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」の解説に詳述)
――三上さん、「The FOOL 愚者」はそもそもどんなカードなのでしょう?
三上 次元の間の存在というか、定位置がなく、どこにも属していないのが愚者だと思います。今自分がさまよっている世界を知らない”異邦人”なので、崖っぷちを歩いていても危険だと認識できない。それを知らせるガイドの象徴が犬です。ふわふわと物見遊山をする旅人、どこかに定着することのない吟遊詩人的な人物とも言えるでしょう。
――この絵を描き直したのは全工程のどのタイミングだったのですか?
川口 22枚の最後に時間を捻出して一から描き直しました。最初に描いてボツにして、22枚目として再び描いたことになります。ただ、ボツにこそしましたが、最初の「The FOOL 愚者(未使用)」を描いているとき、この先の22枚すべてにそれぞれ「青い鳥」を描き込もうと思ったんですよ。それは大きな収穫と言えるかもしれません。
――そうですね! ここまでのカードすべてにさまざまな姿と数の青い鳥が描かれていて、そのストーリーを追うのも隠れた楽しみのひとつでしたから。
三上 新しいほうは「The FOOL 愚者(未使用)」と違って、川口さんっぽいタッチが活きていると感じました。「The FOOL 愚者」というとカッコ悪いカードが多いんですが、この愚者のさすらう感じは魅力的ですよね。
川口 新しい「The FOOL 愚者」は、僕自身が22枚を描いてきた「旅」と重なっているところもあります。旅の最後に再び「The FOOL 愚者」を描いていること自体に「まさに今の自分の状態だな」と感情移入できたんですよね。図らずも「The FOOL 愚者」から出発し、一周してまた「The FOOL 愚者」に戻ってきたのが感慨深かったです。最初の頃に三上さんから伺った、タロットに「愚者の旅」という世界観を読み取るというお話には強くインスパイアされていたので。
――「愚者の旅」というのは?
三上 「愚者の旅」とは、タロット大アルカナの22枚を人の成長の物語になぞらえて読む解釈です。物語の構造としては、旅をして最終的に出発点に戻ってくるけれど、その過程の経験によって成長を遂げているというもの。
旅をして帰ってくると変わってるというくだりは、個人的にメーテルリンクの『青い鳥』の話とシンクロしている気がしています。『青い鳥』を探してさまざまな冒険をし見つからず、出発地点である『家』に戻ってくる主人公のきょうだい。家に戻ってきたときには、以前気が付かなかった、もしくは見えなかった鳥が見えるようになっている。経験を積むことで理解できることが増えるもの。結果見えてくる青い鳥。
とはいえ、タロットの大アルカナを『愚者の旅』として読むことには賛否両論あるんですよ。現代人にとってわかりやすい考え方に引きつけすぎていると。そもそもタロットは成立の歴史も元型もよくわかっていないんですよね。カードに振られた番号でさえ、どれが正しいのか諸説あるほどですから。
――カードリーダーも研究者も数多くいますから、起源も解釈も多様な説を目にすることになりますね。ところで、カードナンバーの話ついでに伺うと、「The FOOL 愚者」に番号がないのはなぜなのでしょう?
川口 ゼロにするか、数字を入れないでおくか。本当は迷いました。ただ、「The FOOL 愚者」ならば「数」の概念の外にいるはずだということで、敢えて数字は振らなかったのです。
――数の外、世界の外と言われれば、この愚者の飄々とした姿はいかにもそんな感じですね。
川口 大アルカナの旅の途上でさまざまな体験をして世界の外=次の次元に上がった愚者は、どこにも属しておらず、何かにとらわれない、ただの奇抜な者に見えるかもしれません。でも、それがこれまで経験を積んだ証でもあるということがこの絵から伝わればいいなと思っています。
――このファッションがまた独特でいいですよね。
川口 帽子に差しているのは青い鳥の羽根。マントには「XXI The WORLD(The UNIVERSE) 世界」の太陽系模様が入っていて、その裾から覗く服の柄には「VI The LOVERS 恋人」の葉っぱ、「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」や「III The EMPRESS 女帝」の模様をあしらっています。ブーツには「XV The DEVIL 悪魔」の荊のチェーン。これら全部をくぐり抜けてきたよという絵なのです。
三上 かなり細かく描き込まれているんですね。
川口 そうなんです、細部もすべて改めて描き起こしたので結構手がかかりました。
――青い鳥は、数羽が空を飛び交っています。
川口 これは「XXI The WORLD(The UNIVERSE) 世界」でひとつの輪っかになった青い鳥が、再びパーッと散っていくイメージなんですよ。絵としては比較的スタンダードな配置ですが、斜め奥に向っていくという(青い鳥のタロットの絵柄としては)変則的な構図にしています。眼前に崖、愚者は気づかず歩く、警告を発する犬といった象徴の縛りが多いわりには、これまでの挿絵風のタッチはそのままに、自然な構成にできたのではないかと自負しています。
三上 「The FOOL 愚者(未使用)」とは全然違った感じになりましたね。
川口 最後に描き直したことが結果としてうまく働いたんじゃないでしょうか。まさに22枚の「愚者の旅」を描くことを通じて僕自身がすべて体験した上でここに臨めたので。僕自身の「愚者の旅」が重なって、技術もついて力の抜けた感覚で描けたこと自体がこの絵に相応しかったのではないかと思っています。
――おっしゃるとおりだと思います。
おふたりとも、興味深いお話をありがとうございました。
川口、三上 ありがとうございました。
最後までとってあった「The FOOL 愚者」のお話、いかがでしたか?
川口さん、三上さんと一緒に「青い鳥のタロット」22枚(+α)の制作過程を辿る旅が、思いがけずひとつの物語になっているように感じられたのではないでしょうか。川口さんも、三上さんも、一見「冷静で物わかりがよい」印象があるかと思うのですが……。脳内に描きたいイメージがある川口さんと、監修を担当する三上さんの足並みが制作過程でいつも揃うわけではなかったようです。「ここだけは譲れない」と衝突があって揉まれた末に、最終的に完成したカードもあったと知って、よりよいものをつくろうというおふたりの熱意も伝わってきました。また、そのやりとりが決して無駄ではなかったことも。
その一方で、描き上がった絵を三上さんに絶賛されて力を得た川口さんが、スムーズに進められた回もありましたよね。そんな創作現場の内幕もちらりとお目にかけられたでしょうか。
途中お休みを挟みながらの不定期・長期連載になりましたが、読んでくださったみなさまに制作過程とトークの雰囲気を少しでもお伝えできたなら喜ばしいことです。
2022年に誕生から10周年を迎えた「青い鳥のタロット」の世界。これからもこの青い鳥たちの物語を末永くお手元で、またリーディング現場で、楽しんでいただければ幸いす。そしてカードを眺め、展開して読む体験が、次の新しいインスピレーションにつながりますように。
感謝を込めて。
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注 ウェイト・スミス版:ライダー社の、通称ウェイト版のこと。パメラ・スミスが作画を担当したことも考慮に入れ、この対談ではこのように表記します。
[取材・構成 藤井まほ]