XVIII. The MOON 月
「XVIII The MOON 月」のカードは、ウェイト・スミス版でもマルセイユ版でも、手前に水から上がってくるザリガニ、上方の空には月、そしてそれに向かって吠えている犬2頭が描かれています。モチーフが不気味というよりは、ここで醸し出されている雰囲気がちょっと不穏ですよね。カードとしては、「不安」「曖昧さ」「不確かさ」「幻想」「妄想」「イマジネーション」「眠り」「無意識を探る」「夢」「隠し事の表面化」といった意味をもつとされます。
カードナンバーは18、1+8=9のバリエーション。「IX The HERMIT 隠者」の9→18という流れです。「IX The HERMIT 隠者」の9は奇数なので外を旅し、探索するのですが、それが偶数になったこのカードでは自分の内面を旅して、昼間の目覚めた意識ではアクセスできなかった領域にアクセスします。
前回の「XVII The STAR 星」と同様に2012年、デザインフェスタでの展示に向けて制作された6点のなかの1枚です。フェスに向けて急ピッチで6点を制作していくなかで、このカードだけは当初下敷きにしようとした絵があったのだとか……。そのあたりも興味深いのですが、まずはみかみさんにカードの象意から伺ってみましょう。
三上牧(以下、三上) 「XVIII The MOON 月」のカードは「新たな出発をするために原初の状態に戻る」ことを象徴するとご説明したんですよね。「退行、隠れる、停滞、不穏、不安、イマジネーション、妄想、逃避、気まぐれ、不安定感」といった意味があるとされています。絵そのものは、真夜中、昼間活動する生き物が寝ている不気味な時間帯に世界が切り替わり、得体のしれないものが出てくることを表しています。次の「XIX The SUN 太陽」は陰陽の統合なんですが、統合の前段階として「自分の陰の部分を見つめ受け止める」「陰と陽の間で揺れたりブレたりする」ことも必要なのだということでしょうね。
『亀』の絵
川口忠彦(以下、川口) この絵の構想を練っていたときに、『姫君の青い鳥』の亀のいる挿絵をアレンジして使おうと思ったんです。気に入っている絵でしたし、ザリガニも亀も水の生物ですから。デザフェスの会期までの日数を考えて、1点くらいゼロから起こさなくてもいい絵があったほうがスケジュール的にもよさそうだなという考えも働きまして。
三上 それで最初亀のラフを見せていただいたんですが、これは象徴として違うのではないかと思ったんです。「XVIII The MOON 月」は「不安」を象徴し、ザリガニは夜になって見えないところから這い上がってくる、得体の知れないものなんです。ところが、亀はどちらかというとラッキーな象徴、あるいはヘルメスのお使い、知恵の象徴。敵か味方で言えば、味方系の生物なんです。「世界を背負っているもの」のイメージもあるじゃないですか。何より太陽の下で甲羅干ししている、昼間のイメージですよね。調べてみたところ、もしザリガニ以外で「不安」を象徴させるなら、ヘラクレスと闘った「巨大蟹」やオリオンと闘う「蠍」などのほうがまだふさわしいかもしれないと。亀は象徴として、タイプが違いすぎるんです。ザリガニは、カードの意味に寄せれば、人間の中の原始的、本能的な部分、生きることに特化した衝動というのでしょうかね。
川口 亀の絵でいけそうと思っていたところ、提案して玉砕しまして(笑)。このダメ出しは、デザフェスの展示に向けての制作で大きなターニングポイントだったかもしれません。絵描きとしてどこまで自由にやるかというのはつねにある。でも、どこまでも自由にしないほうがいいプロダクトなんだな。今回は。と痛感したんです。
三上 個人的には、絵描きさんが描くのだからできるだけ自由に描いていただきたい。絵に親しみが湧いて読みやすく、何回も使いたくなるものならば。ただ、タロットとして「使う」ことを考えると、ある程度象徴に縛られなければならない。タロットを読む人、占われる人に「なぜこうなるの? 理解できない」と思われてはいけませんから。22枚の制作の過程で、その点を調整するために意見は言わせていただきました。ただ、亀の絵自体はステキだったんですよ。たとえば「IX The HERMIT 隠者」だったら使えたかもしれませんね。ちなみにムーンは18で「IX The HERMIT 隠者」の9の系列。どちらも思考をめぐらせるのですが、「IX The HERMIT 隠者」では自分の思考に集中する感じ、「XVIII The MOON 月」はその思考の危うさがキーになっています。
『The MOON』 ラフ
川口 それで結局、モチーフはウェイト・スミス版にかなり準拠して、“具体的な絵としての見せ方、作り方”のほうを洗練させたアプローチになっています。ラフでは星空と月を引き立たせるために、背景が真っ黒だったんですよね。次の「XIX The SUN 太陽」との対比もありますし。そもそも「XVIII The MOON 月」は暗めの意味合いが強いので、それもOKだろうと思ってお見せしたんですが……。
三上 少し黒みが多いように感じたんですよね。ただ、それが川口さんの美意識ならば、それでもいいんじゃないかとは申し上げたんですが。
川口 自分のなかでも少し違和感があったので、三上さんのご指摘を受けて、「やっぱり暗いかぁ」って腑に落ちたんですよ。
三上 「XVIII The MOON 月」って、黒でも白でもない、グレーのイメージがあるんです。黒すぎると、曖昧であるべきところに偏りが出てきてしまう。イメージ的にたとえば「悪魔」的なほうに寄りすぎたような。
『The MOON』完成稿
川口 それで空は青に変更する形で調整して、昼の青空とはまた違う色になり、いい感じにファンタジックになったような気がします。こんなふうに、ちょっとずつ三上さんの影響が反映されているんですよね。結果的に、このカードに必要な“幻想性”が全体に強く出てくれたように思います。
――そこがコラボならではですよね。
三上 「XVIII The MOON 月」って絶望過ぎず、かと言って普通の状態でもない危うい感じというのが定石なんですが、それが出ていてわかりやすく感じました。月に描かれた女性の顔がいいんですよね。海外のコレクターのサイトで、この「XVIII The MOON 月」が好きといって掲載されていましたが、その人も女性の顔がいいと書いてました。コレクターがいいというのは、川口さんの絵の完成度が高いからですよね。
川口 ただ、「XVIII The MOON 月」は人気のわりに、個展では絵自体は売れなかったです。
三上 カード自体が不安とか揺らぎを表しているから、あまり家に置いておきたくないのかも。
――このカードでは星の軌道のような、流星雨のような背景も素敵です。
川口 背景の星空の星の表現は、写真の長時間露光の技術を踏まえています。まさに「レンズリアリティ」なのですが、手前の犬などがぶれていないのはほんとうはありえないんですよね。
――あ、あんまり自然なので言われるまでわかりませんでした。たしかに、長時間露光写真だと、空の星は軌道が写るけれど、生き物や地上の車なんかは動いた残像ごと写ってしまうのが特徴ですよね。
川口 そうなんですよ、それなのに違和感なく見えてしまうのは、写真表現がもはや当たり前になった現代人にとって長時間露光で撮った星空自体が親しみのあるもので、すでにひとつの記号になっているからでしょうね。それを逆手にとって、ちょっとしたユーモアも交えてみたんです。不思議な時間感覚が出せたんじゃないしょうか。
三上 この表現、私はとてもいいと思いました。あと、このザリガニのちょっと見切れた構図も好きなんですよ。にゅっと出てきている感じで。
――ザリガニのくせに溺れかけて「助けてー」と言ってるように見えて面白いですよね。
川口 ウェイト・スミス版の構図はちょっと空間的に窮屈で変化がつきにくいので、いかにきれいな絵にするかを考えたとき、 月と「XIII DEATH 死神」のカードにも出てきた門、その手前の曲がりくねった道が先にできてしまった。そこに犬やザリガニを配置したという感じです。ザリガニは絵の基本に考えていなかったから見切り位置に出しちゃったんでしょうね(笑)。
――1枚の絵がどうやってできていくかがわかってきて、興味深いお話です。ところで、この絵の青い鳥はどこにいるんですか?
川口 ここでは実体としてではなく、その影が何羽か現れているという設定にしました。
――あ、見つけました。地面に落ちた青い影ですね!
川口 三上さんが説明してくださった、この絵の意味。たとえば抑圧していた自我や無意識の表面化そのものは、青い鳥が示す幸せとは直接つながらないなと思ったんです。ただ、無意識の願望の中には、幸せにつながる無垢な思いがあったりもする。そこで、幻影として登場させました。
――そんな背景があったとは! 毎回、青い鳥がなぜここにこういう形で描き込まれているのかを伺うのも楽しみですが、残すところあと4枚になりましたね。感慨深いです。次回もよろしくお願いいたします。
「XVIII The MOON 月」制作をめぐる裏話、いかがでしたか?次回は「XIX The SUN 太陽」。このカードはウェイト・スミス版ではなく、マルセイユ版に準拠しています。手前にいる二人の子どもの描き方で、少し手直しが入ったとか。いったいどんなお話が飛び出すのでしょうか。どうぞお楽しみに。
***
注 ウェイト・スミス版:ライダー社の、通称ウェイト版のこと。パメラ・スミスが作画を担当したことも考慮に入れ、この対談ではこのように表記します。
[取材・構成 藤井まほ]