XVII. The STAR 星
「XVII The STAR 星」のカードは、ウェイト・スミス版でもマルセイユ版でも、全裸の女性が野外で両手に水差しを持ち、水を流している姿が描かれています。絵画のモチーフとしても魅力的です。「無垢」「希望」「無防備さ」「ひたむきさ」「遠い夢」「メッセージを受け取り、流す」と言った意味をもつとされます。
カードナンバーは17、1+7=8のバリエーション。「VIII JUSTICE 正義」の8→17という流れです。「VIII JUSTICE 正義」の8は偶数で内側に凝縮し、溜め込みますが、それが奇数になったこのカードでは、受け取ったものを再び外に向けて流していきます。
トークのなかでも触れられていますが、このカードは最初にデザインフェスタでの展示に向けて制作された6枚のなかの1枚です。川口さんと三上さんの間でタロットを1点1点制作していくやり方が固まっていく最中だったそうです。
そのなかで、タロットの象徴性(三上さんの監修している部分)と絵画としてどう描いたほうがいいかという審美的な部分(画家として川口さんが担当される部分)とのせめぎあいがあったのだとか。まずは、そのあたりから伺ってみましょう。
――このカードと「XIV TEMPERANCE 節制」の絵では、描かれている女性の服装について、ラフ段階で三上さんからチェックが入ったと聞いています。「XIV TEMPERANCE 節制」では、胸元の開き部分を詰めてスカートを長くするという方向になったんでしたよね。「XVII The STAR 星」ではどんな指摘だったのでしょうか?
川口忠彦(以下、川口) 「XIV TEMPERANCE 節制」は三上さんがラフを見てくださった上で修正指示があったのですが、「XVII The STAR 星」は構想段階でまだ描く前だったんですよね。ウェイト・スミス版やマルセイユ版では女性が裸だけれども、シュミーズか何か薄物を着せてもいいですか?とうかがったんです。
三上牧(以下、三上) あのときは「XVII The STAR 星」の女性は裸であることに意味があるから、何か着せてしまっては根本から違ってきてしまいますと申し上げましたよね。
川口 このカードは、青い鳥のタロット22枚に取りかかったとき、2012年のデザインフェスタに展示した原画6枚の絵のうちの1枚として描いたものです。当初の予定では「VI The LOVERS 恋人」をこの6枚に入れるはずだったのが、マルセイユ版とウェイト・スミス版とで絵柄が大きく違っていて方向性を決めかねたこともあり、「VI The LOVERS 恋人」の代わりに「XVII The STAR 星」を描くことにしたんです。デザフェスに出したのは、「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」「XIII DEATH 死神」「XVI The TOWER 塔」「XVII The STAR 星」「XVIII The MOON 月」、そして幻となった「The FOOL 愚者(未使用)」の6点です。このラインナップのなかで、「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」、「XVII The STAR 星」、「XVIII The MOON 月」が女性のカードということになりますね。「VI The LOVERS 恋人」の代わりに「XVII The STAR 星」を入れたのには、全体のバランスとして女性メインの絵をもう1点加えたかったから、というのもあったと思います。ただ、それであればもろ全裸よりシュミーズ1枚着せたほうが女性美が出しやすいので、描く際に都合がいいんです。
三上 女性美を強調しなくてもいいと思いますけどね。(笑)
川口 そのあたりは絵描きとしての矜持です。(笑)
――描く際に都合がいいというのは、どういうことなんでしょう?
川口 全裸ってバランスを取るのが難しいんですよ。結構いろいろなことを緻密に考えないと不自然に見えたり、美しいラインにならなかったり。人物には服を着せたほうが融通がきいてバランスを取るのが容易なんです。絵ではなく、実際の肉体も、全裸よりもいろいろ身につけるほうが全体のバランスや流れが綺麗に見えやすいじゃないですか。たとえば、ヒールの高い靴を履いたほうが脚に緊張感が出て綺麗に見えるし、腰骨が前傾しておしりから背筋のラインが美しい曲線になりますよね? 裸足だとそういう緊張感や曲線が出ないから、比べるとどうしてもどんくさい感じに見える。なんか、ほんとすごいと思いますよ、衣服の力。だからみんな洋服着るんですね。(笑)
――うーん、でもそこまで考えて服を着ている人は少ないかも……(笑)。絵を描く方ならではの視点とも思えます。
川口 それから、これを錬金術をしている女性として描こうと思ったのですが、それも違うんですというご指摘があって。
三上 錬金術師は「XIV TEMPERANCE 節制」です。「XIV TEMPERANCE 節制」は「XIII DEATH 死神」の次、「XVII The STAR 星」は「XVI The TOWER 塔」の次なのでどちらも「破壊後」の感じは似ていますが、「XIV TEMPERANCE 節制」は次の「XV The DEVIL 悪魔」、つまり欲、執着へとつながり、それが「XVI The TOWER 塔」で破壊される。「XVII The STAR 星」は、その次です。今まで築き上げてきたものをすべて破壊して裸一貫の魂から始める、という意味でも全裸なんですよね。全裸なのは、完全に環境を信じているからこその無防備さです。だからこのカードでは、服を着ていないんですよ。防御力ゼロがミソなんです。
川口 その説明を聞いたときには、なるほど、全裸というのはその象徴なのかと納得しました。
三上 環境を信じ、やるべきと信じていることをただ黙々とやっている。淡々と作業するうちに演舞を舞うみたいに変性意識に入っていく様子が描かれているとも受け取れますね。水の音を聞いていると変性意識に入りやすいんじゃないでしょうか。そして、自分も絶え間なく流し続けることが大事なのかなあと思わされるカードです。
川口 この頃はまだタロットを描き始めたばかりだったので、三上さんのこうした説明によって目からウロコ、新しい世界を知るような心持ちでした。
三上 「XVII The STAR 星」のカードの女性は何も持っていないのです、情熱、希望だけがある。中学生の夢と言うのでしょうか。社会的リスクや環境的リスクを計算に入れず、遠い遠い夢を追いかけているイメージ。無駄な労力に見えることを必死にやります。そんな無謀とも無駄ともとれる努力を繰り返しているうちに疑いや疑念が頭をもたげ、「XVIII The MOON 月」、つまり不安につながっていくのです。
――さきほどの「XIII DEATH 死神」から「XVIII The MOON 月」までの流れの説明はわかりやすいですね!
川口 青い鳥のタロット全体を通して絵の象徴的テーマだけでなく、細かい部分が整ってきたのは、やはり三上さんのこうした説明があったからだと思います。それで自分のなかでは紛らわしいなと感じられていた「XIV TEMPERANCE 節制」と「XVII The STAR 星」をうまく描き分けることができました。初心者が見て紛らわしいカードの判別性を高めたいというのは、制作する上でかなり大事にしていたのでよかったなと。
――この絵を描くにあたって、川口さんはご自分でもこの女性のしているポーズをとってみたとか?
川口 不自然なポーズだといけないので。自分でやってみて自撮りしました。先ほども言ったように、衣服や装飾品で整えることができないので、身体の流れそのものが大切だったのです。絵描きはよくやることですけれど、なかなか気持ちの悪い写真です。服は着てましたけどね(笑)。
――たしかに、女性のポーズに工夫が感じられます。ウェイト・スミス版やマルセイユ版の女性と比べると、スッキリした姿勢で腕の伸ばし方もきれいで、動きのある絵に仕上がっていますよね。実際に仕上がった絵をみかみさんはどう思われましたか?
三上 描く前にだいたいの方向性を話し合えたので、仕上がった絵は一発OKだったんですよ。想像以上に素敵に仕上がっていて、見せていただいたときには感激しました。
川口 北極星を大きく光らせ、北斗七星、天の川もあしらっています。地球上のどこで、北極星付近にこれだけの天の川が見られるのかはわかりませんが、そこは絵的な演出です。
三上 天の川や北斗七星をちりばめているのがいいですよね。
川口 空の色を青くしたのと、こちらのピンクと自分のなかでは2案あって。空はブルーにしたほうが星空とわかりやすいのですが……。ピンクのほうがロマンティックだし、三上さんがおっしゃる「中学生の夢」という甘さはこっちの方が出ている気がして。相談の上でピンクにしましたね。大正解でした。カードの印刷もとても綺麗に再現できたし。
――この絵では、青い鳥は左手に持った水差しに止まっているんですね。かわいい。
川口 星座のなかに青い鳥を描くことも考えたのですが、水を流すという夢のための行為そのものに幸せがあるというのもひとつの形だなと思ったので、水差しに止まらせました。自分では、天の川が水差しの水とリンクして無限に還流し続けるように描けたことが気に入っています。絵作りという点では、これと空がピンクになったことのふたつのアイデアで、ひとつの自律的な絵画としても成立させられたかなという手応えがありました。
――天の川の流れが、女性の腕や水差しから流れ出る水と響き合っていて、音楽を感じさせる絵です。この完成版を見ていると、最初にシュミーズ問題があったことなどどこかに行ってしまいますね(笑)。
川口 全裸が象徴的に正しいというだけではなく、全裸であることの解放感が、絵から湧き出る気持ちよさにつながっているような気がします。
――たしかに解放感があるし、開放感もありますよね。それも、わたしがこのカードが好きな理由なんだなっていまわかりました!
「XVII The STAR 星」制作をめぐる裏話、いかがでしたか?次回は「XVIII The MOON 月」。青い鳥のタロットでは人気のあるカードで、海外のタロットマニアの方が運営するサイトでも紹介された絵柄です。月に描かれた女性の横顔が印象的でミステリアスな雰囲気ですが、いったいどんなお話が飛び出すのでしょうか。どうぞお楽しみに。
***
注 ウェイト・スミス版:ライダー社の、通称ウェイト版のこと。パメラ・スミスが作画を担当したことも考慮に入れ、この対談ではこのように表記します。
[取材・構成 藤井まほ]