XIV. TEMPERANCE 節制
地上に降り立ち片足の爪先を水に浸ける天使。「XIV TEMPERANCE 節制」は青い鳥のタロットのなかでは「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」にも通じる、静けさが印象的なカードです。
「節度を守る」「冷静さ」「集中と調和」「統合」「調合」「自己変容」「生まれ変わり」「ある目的を達成するために節度をもち、ほかを捨てて集中する誠実さ」といった意味をもつとされます。
カードナンバーは14、1+4=5のバリエーション。「V The HIEROPHANT 法王」の次の5→14という流れですが、偶数なので自己を他者に押しつけるというよりは、自分のなかに生み出すという性質が読み取れます。
うかがったところでは、初稿はこのような衣装ではなかったのだとか。どのような経緯でこの絵になったのか知りたいところですが、まずはいつものように三上さんにカードの概要を説明していただきましょう。
三上牧(以下、三上) そもそも節制は英語でtemperance【禁欲、節度、克己、自制】という意味です。temperという動詞(適度に調整する、などの意)の名詞形で、バランスよくコントロールするというような意味合いもある、とご説明しました。
――いわれてみれば、バッハの平均律クラヴィーア(ピアノ)は英語だとwell tempered clavierですよね。12平均律とは1オクターブを12に等分したもの。そこから、均等なバランスというのがよくイメージできます。そして、調合するという象意は両手にカップを持った絵柄からも連想しやすいですね。
三上 大抵は、向かって右のカップから左のカップへと液体を移す天使が描かれています。天使の足は水に浸かっています。水があの世とこの世の境界だと考えれば、そこに触れることで大いなる源にアクセスしている。意味的には、目標を達成するためにほかのことを「節制していく」カード。目標達成を優先するために、ほかのことは我慢して集中しています。材料を正しく計量し、適切な比率とタイミングで混ぜ合わせるためには節制と集中が必要なんですね。錬金術を表すカードとも言われます。
川口忠彦(以下、川口) 最初に三上さんが説明してくださった、ここまでのカードの流れもわかりやすかったです。
三上 これは「XII The HANGED MAN 吊られた男」で悟った「やるべきこと」をこなすために、淡々と作業をする段階なんですよね。「XII The HANGED MAN 吊られた男」は自発的に個我をいけにえにし悟りに行きついた。そのために「XIII DEATH 死神」の改革でそれまでの固定観念や視野を捨てて、いったん更地にしました。前の項でもお話ししたとおり、ここで整理して環境を整えているので周りはきれいなんですね。だから、「XIV TEMPERANCE 節制」はシンプルで清廉潔白なイメージの天使。「XIII DEATH 死神」の改革によって生まれ変わった新しい自分は、調合に集中し、やるべきことをやっていくというわけです。宇宙の法則にのっとって、研究する錬金術師。他者ではなく、自分と向き合っています。
川口 というような三上さんの説明を受けて取り組んだんですね。まず、ウェイト・スミス版では正面からのシンメトリ構図が多くて、これが初心者にとって各カードを識別しにくい一因となっていると感じていたので、全体的に正面シンメトリを多用しないように気をつけていたのですが、ここでは少し斜めからのアングルにしてみました。そして、ラフ案では天使が湖に舞い降りてくるような絵にしたのですが……。
三上 波紋は素敵だし、全体が水色のイメージはよかったのですが……。ラフ案にはかなり手を入れていただきましたよね。まず、天使の衣装が想定よりちょっとエロかったんですよ、ノースリーブでルーズな生地のドレス、スカート丈も短くて。「XIV TEMPERANCE 節制」の天使は背景に錬金術師のイメージがあるくらいで、清楚で凛とした感じなんです。そもそもエンジェルに代表される翼の生えた存在って、基本的に無性、性別がないということになっていますよね。だから、タロットに限らず天使をモチーフにしている場合、あんまりエロ強調なのはどうなの?とつねづね思っていたところもあるんです。同じように、アニメの女性戦士キャラとか、闘うのになぜこんなに肌を露出してるの?って思っちゃう。怪我するじゃないですか(笑)。
川口 わかります(笑)。
三上 じつは歴史的に見ると、「XIV Temperance 節制」のカードで胸ポロの絵柄もないわけじゃないんです。胸を強調することで、意識されない下半身のほうに何か隠している?という暗示かもしれません。ただ、あまりにも女性性のほうに傾きすぎた人物というのは……。
――何しろ「節制」ですからね。節度は持っていただきたい(笑)。
三上 いつも申し上げることですが、なぜ短い服を着るのかという必然性がなければそうするべきではないと思ったんです。調べてみてもこのカードの象意としては出てこないので、衣装は変えていただいて。
川口 黒の詰め襟にして「ちゃんとしてる」感を出し、ミニワンピースをロングドレスに描き直しました。
三上 もうひとつ変えていただいたのは、足元です。「XIV TEMPERANCE 節制」は「XII The HANGED MAN 吊られた男」が地上に降りた段階と言われるんですね。だとすると、ラフ案にあった舞い降りてくるような浮遊した状態ではなく、両足が地に着いている必要があるのではと思って。「XIII DEATH 死神」の「よし片付けた」を受けて、「XIV TEMPERANCE 節制」は「片付いたから落ちついて錬金しよう」という感じですね。その落ち着いた感じは出していただきたかったんです。そして、片方の爪先を水に浸けている。このカードのあとに「XVII The STAR 星」や「XVIII The MOON 月」といった水の世界が出てくるので、ここでは爪先をちょんと浸すくらいでどっぷり浸かる必要はないのですが。
――詰め襟で長袖のロングドレスにしたけれど、足だけはこんなに露出してる。これは、サービスなんですか?(笑)
川口 そのあたりはあまりサービスという意識はないですね。
三上 爪先を水に浸けなきゃならないからですよね?(笑)
――ラフ案から完成形のようにするには結構大きな修正が必要だったと思うのですが、川口さん、そのあたりで抵抗はなかったのですか?
川口 この絵は、22枚の中でも後半のほうに描いたんです。その頃になるとこの絵柄の作り方に自信がついてきて、これをボツにしてもまた別の機会に生かせるだろうと切り替えられたんですよね。結果的には、変わっていて面白い絵になったと思います。女性にも人気があるカードになりましたね。
――エロさとは違いますが、ちゃんと女性像としての魅力があると思います。
川口 ありがとうございます、そこは狙ったところです。僕は、絵の理想は、個性と普遍性の両立だと思っています。普遍的な美のなかでも、とりわけ“自然美”と“女性美”はとても重要で、節制といえども、“節制なりの女性美”を描きたかった。その結果こういう表現になったと思います。脚は水につけるために出て“しまった”けれど(笑)、胸元は開いていないし、首、腰、スリットに黒が配してあることで、純粋さの中に意志のある礼儀正しさをかもし出したつもりなんですね。
――背景には虹が描かれています。
三上 ウェイト・スミス版など、デッキによっては天使の足元にアイリス(イリス)が描かれているのもあります。イリスは虹を意味し、架け橋的な意味があるんです。カップからカップへ流れる液体が虹で表現されているパターンもよく見られますね。
川口 「III The EMPRESS 女帝」で三上さんに「これ、何の象徴ですか? 『III The EMPRESS 女帝』には甘すぎると思います」と言われてはずしてしまった虹をここで復活させることができて、僕としても嬉しかったです。
――水辺に青い鳥の親子がいますね。
川口 「XIII DEATH 死神」では、後ろにある卵の殻が破壊されたもの(死)なのか、孵化したあと(生)なのかという謎かけをしているのですが、この「XIV TEMPERANCE 節制」で青い鳥の雛たちがいるというところが答えになっているんです。それから、「XII The HANGED MAN 吊られた男」が木から下りてきたというのを暗示させるように、天使の背後にユグドラシルの樹を描き込みました。
――タロットの愚者の旅という続き物的な側面があるから、青い鳥や背景に描き込まれたものなど見所がいろいろあるのですね。それにしても、今日は三上さんに大いに語っていただきました。
三上 わたし、この「XIV TEMPERANCE 節制」のカードが大好きなので思い入れがありすぎるのかもしれません(笑)。イメージを押しつけ過ぎていたなら申し訳なかったです。
川口 とんでもない、三上さんがこうしていろいろ説明や注文をしてくださったから、こういう絵に仕上がったのだと思います。むしろこちらがお礼を言わなくちゃいけません!
「XIV TEMPERANCE 節制」制作をめぐる裏話、いかがでしたか? 女性の身体の向きや構図、青い鳥の配置などさまざまなところに川口さんの目配りがあり、その一方でタロットの象意についての三上さんのしっかりしたチェックがある。22枚のなかでも後半のほうで描かれたとのことでしたが、コラボレーションがうまく噛み合ってきていることがうかがえましたね。
次回は「XV The DEVIL 悪魔」。いかにも川口さんの得意そうな絵柄です。どんなお話が飛び出すのでしょうか。どうぞお楽しみに。
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注 ウェイト・スミス版:ライダー社の、通称ウェイト版のこと。パメラ・スミスが作画を担当したことも考慮に入れ、この対談ではこのように表記します。
[取材・構成 藤井まほ]