XIII. DEATH 死神
トーキングアバウト青い鳥のタロット、今回は「XIII DEATH 死神」のカードです。このカードは、「より高度な変革のための停止と再出発」「破壊と再生」「刈り取り」「成長に必要な痛み」「予期せぬ大変化」「新しい秩序をもたらすためにいったん更地にする」といった意味をもつとされます。
カードナンバーは13、1+3=4のバリエーション。
「IV The EMPEROR 皇帝」の次の4→13の流れですが、奇数なので「IV The EMPEROR 皇帝」が受動的で秩序を守る性質があったのに比べると、より能動的に新しい秩序をもたらす、そのためには従来からあるものを壊すという性質が読み取れます。
青い鳥のタロットの「XIII DEATH 死神」は、トークのなかで三上さんが指摘されたとおり「川口イズム」全開です。ウェイト・スミス版とも、マルセイユ版とも異なる絵柄ですが、「死神らしさ」が横溢しています。完成までの経緯をうかがいましょう。
三上牧(以下、三上) このカードはざっくり言えば、次の秩序のためにすべてを一掃する、というような意味です。これまでの並びで説明すると、「XI STRENGTH 力」のカードでは女性になっていますが、もともとはサムソンのような英雄が描かれていたとも言います。その英雄が、獣に象徴されている本能的な野性の欲望を抑え込み、「XII The HANGED MAN 吊られた男」では、自らを犠牲として捧げて宇宙の真実に辿り着く。 「XIII DEATH 死神」では、真実に辿り着いた末に自分の中で改革が起こり、それまでとらわれていた固定観念や視点が一掃される、というストーリーを読み取ることができます。
――川口さんの「XIII DEATH 死神」には、絶望感がありませんよね。
川口忠彦(以下、川口) 青い鳥のタロットを描き始めた当初、三上さんにカードの意味にいい悪いはないんですといわれたのが印象的だったんですね。すべてのものごとにいい面と悪い面があるのと同じなんだと。それで思い出したのですが、僕の作品のファンの方に「川口さんの絵は、不吉なモチーフにも希望が込められていますよね」と指摘されたことがあったんです。自分ではあまり意識していなかったのですが、なるほどそんなふうに感じていただいているんだなと納得できました。「XIII DEATH 死神」のカードでは、三上さんが「いったん更地にする」とおっしゃっていて。
三上 そうですね。新たに立て直すためには、一度すべてを取り払う必要があるので。大きな循環のなかの、プロセスのひとつして。
川口 そこに一種の爽快感もある。だからこそ、単純に不吉な感じというよりは三上さんのおっしゃる「再生のための破壊」のイメージに加えて、「颯爽とした感じ」「こわいけどカッコいい!」という面も打ち出したかったんです。
三上 このカードでは、私からはほとんど何も言っていません。釈迦に説法というか(笑)。カッコいいし、これ以上のものはないだろうと思ったので。このぶっ壊している感じも、背景の荒野っぷりもいいと思います。ちなみに、死神は外側から来るものではなくて自分の中の破壊衝動と言われます。外からの衝撃で塔が壊れるのが「XVI The TOWER 塔」だとすれば、自分の殻を自分でぶち壊すのが「XIII DEATH 死神」と言えるかもしれません。
――絵のモチーフ自体は、これまで川口さんが手がけてこられたバンドのアートワークと通い合うものがありますよね。
川口 そうなんですよ。ただ、90年代ぐらいから、死神や骸骨、ドクロといったモチーフは“女の子も身につける普通におしゃれなモチーフ”として街に溢れるようになったんですよね。今では信じられないですが、それまではスカルモチーフは一部のディープな世界で用いられる、マニアックなものでしたし、「エッジなもの」という印象を与えやすい便利な記号でもあったのですが、いまではそういうものではないですよね。そういった変化のなかで進化も深化も多様化も陳腐化もあった。マルセイユ版はもちろんですが、ウェイト・スミス版が作られた時代とは人々の受け止め方もかなり違うはずなので、単に「ドクロを描いたから」「死神だから」というだけで表現できるものは少ない。どのように表現したらいいか心を砕きました。
ウェイト・スミス版の「XIII DEATH 死神」には、これは違うだろうと違和感があったんです。死神と言うには表現が婉曲すぎる。ぱっと見て「XIII DEATH 死神」のカードだと伝わらなければいけないと思いました。そこでまず、マルセイユ版からのモチーフとして死神らしく大鎌を持たせて。ウェイト・スミス版では馬に乗っているところを、機動力の象徴は翼に置き換えました。
三上 鎌がフレームの外まではみ出しているのがポイントですよね。
――そこ! このカードのカッコいいところのひとつだと思います。
川口 これは『ドラゴンクエスト』で、変身後の竜王やシドーに使われた手法へのオマージュなんです。変身したあと、あるいは登場したときに、ウィンドウ、モンスターがプレイヤーのウィンドウにかぶって、手前に出てきている。それを見たときに、それまでにない存在のでかさを感じたんです。
三上 私も『ドラクエ』はやっていましたけど、そこまでは見ていなかったかも。
川口 この圧迫感を与える手法の印象が強く残っていたので、今回このカードで使いました。
三上 もうひとつ面白いのは、「DEATH」という字の一部を鎌が隠しているところですよね。マルセイユ版タロットの起源はカード賭博用の札なので、「DEATH=死」は縁起が悪いとされていたんでしょうね。そういう「ことば忌み」的な意味で、このカードだけタイトルが書かれていないものもありました。
――鎌を持つ手の位置も絶妙ですね。
川口 これは自分で棒をもって写メを撮ってポーズを確かめてから絵を起こしたんですよ。SOBUTというバンドのPVでのヴォーカルのパフォーマンスがかっこよかったんですよね。その中の一瞬のポーズを元型にしています。でも完全に10年以上昔の記憶で、Youtubeで映像探したけど曲名も覚えていないし…どなたか思い当たることがあったら教えてください。そもそも本当にSOBUTだったかもさだかでないんですけど…笑
――さきほど「翼」っておっしゃってましたが、装飾のような不思議なものですよね。
川口 謎ですよね(笑)。これはしっかり翼らしく描いてみると、何か違うんです。はっきりした具体的な線でシャープに描くタイプの絵だけれども、このような曖昧な処理で想像の余地を残したほうがいいんだなということは、このときに発見しました。
――アラン・レネの『去年マリエンバートで』という映画があって、デルフィーヌ・セイリグという主演女優の衣装をココ・シャネルがデザインしているんですよ。女優がポスターで着ている、黒い羽根を襟元にあしらったドレスが有名なんですけど、川口さんの死神のスタイルはそれを思い起こさせるんですよね。
川口 (画像検索して)たしかに似ていますね。全然知らなかったですが、同じイメージ領域にアクセスしている感じですかね。集合的無意識みたいなのは確実にあると思っていて、そういうのを僕は大事にしているんです。それを「普遍性」と考えています。
三上 天使は元から翼が生えているんですが、悪キャラというか「黒っぽい」存在の人は翼をニョキニョキ伸ばすようなところがありますよね。途中で変化(へんげ)するというか。
川口 このくちばしのようなヘルメットを考えついたときも、絶対にこれじゃなきゃという確信めいたものがありました。
――ガッチャマン的です。
三上 悪キャラだけど、正義の味方でもあるような。
川口 こういうたぐいの存在のなかでいちばんカッコよく描いたらこうでしょ?というのを描いたらこうなりました。
三上 川口イズムがよく出ています! こちらから言うことは何もありません、先生、という感じでした。
――この黒い縁も効いてますよね。
川口 22枚のなかで黒縁はこの絵だけなんですよ。だけれども、奥に描かれた空は、黄昏とも夜明けとも見える様に。
――卵が割れているのは?
川口 死神が破壊したようにも見えますが、青い鳥の雛が孵化したことも暗示しています。青い鳥を描き込まない代わりにこういう演出にして、世界観と、未来を感じさせるニュアンスを出せたら面白いのではなかろうかと思ったわけです。ウェイト・スミス版同様、向こうに「XVIII The MOON 月」の門が見えているのもポイントです。
――死神だからシンプルかなと思ったけれど、思った以上に重層的で、さまざまな要素が盛り込まれていたんですね!
川口イズムの解説、いかがでしたか? ウェイト・スミス版ともマルセイユ版とも違う絵柄ですが、いかにも死神らしいものに仕上がっているのにはこんな背景があったのだそうです。次回は「XIV TEMPERANCE 節制」。22枚のなかでも人気の高い女性カードの1枚なのですが、完成までにはひともめあったとか?? 次回はそんな裏話をうかがいます。どうぞお楽しみに。
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注 ウェイト・スミス版:ライダー社の、通称ウェイト版のこと。パメラ・スミスが作画を担当したことも考慮に入れ、この対談ではこのように表記します。
[取材・構成 藤井まほ]