XII. The HANGED MAN -吊られた男-
トーキングアバウト青い鳥のタロット、今回は「XII The HANGED MAN 吊られた男」のカードです。このカードは、「手放すこと」「内面的な創造力」「内なる柔軟性」「無意識の知恵や誘導」「物質と精神の分離」「犠牲」といった意味をもつとされます。
数字の12は、1+2=3のバリエーション。「III The EMPRESS 女帝」から始まる3→12→21の系譜とされ、偶数なので内に向けて生産する意味とも読めます。
青い鳥のタロットの「XII The HANGED MAN 吊られた男」は、独特の雰囲気をもつキャラクター。その元型はどこにあるのか、そのあたりをおふたりにうかがっていきますが、まずは三上さんにカードの概説をお願いしましょう。
三上 この絵で描かれているのは足を縛られて吊られ、身動きができない状態の人物で、頭が光っています。ポケットの中身が出ているカードもあります。縛られていないほうの足が数字の4のように曲がっていることが多いです。吊られているのに、むしろ楽しそうな満ち足りた顔で、どこかMっ気がありますかね?(笑)
ひとつ前の「XI STRENGTH 力」からの流れと考えるとわかりやすい面もあります。「XI STRENGTH 力」で、女性が押さえつけているライオンは本能であり、自分の中の隠れた影とも言えます。本能的な部分を抑え込み封印した次に来る「XII The HANGED MAN 吊られた男」は、生活や物質的なことを横に置いて、足を地面につけず(グラウンディングせず)に思考する感じです。「食べなければ死ぬ」という、生き物として生まれながらに持っている固定観念を超越している。「人はパンのみで生きるわけではない」という言葉みたいな感じでしょうか。「XII The HANGED MAN 吊られた男」で物質から離れ、何が大切か見極めたら、次の「XIII Death 死神」ではそのためにすべてをぶち壊し清算します。
吊られたことによって、自分の中の欲望をすべて下へ落とし、落としたものを死神が片付けるとも取れますね。
川口 僕のほうは、絵を描くに当たってこのカードのモデルのひとつとされる北欧神話のオーディンの物語を読んで、これはいいなと思ったんです。ルーン文字の秘密を知るために、9日9夜、木に吊されたという逸話が気に入って。
三上 オーディンは自らをいけにえとして木に吊したとされています(神話では足で吊られたのではなく、首を吊ったことになっていますが)。
木に吊すという行為は、北欧に限らず、さまざまな文化や宗教で深い意味を持っているようです。たとえば、シュメールの儀式では「木はあらゆる滋養の源泉としての母の象徴」であり、そのため、木の上で死ぬ者はその源泉に再び結びつけられるとされる。つまり命の源に魂が帰るということでしょうね。
オーディンのように木に自らを吊す行為は聖なる犠牲であり、その木は聖なる木でなくてはならない。オーディンの場合はユグドラシルという世界樹に自らを吊します。そのように自らを犠牲として捧げることによってルーン文字の秘密を手に入れ、人間界から宇宙へとつながる方法へ辿り着くわけですね。真実にたどり着くなら命は惜しくない系の話ですよね。
――タロットの絵柄として共通の部分はどんなところでしょうか。
三上 このカードの意味として、縛られているので体は動かないから肉体は不活発なのに対し、頭はフル回転していて活発なので、目をかーっと見開いているものが多いようです。でも、その辺は川口さんの好みにおまかせしていいと思いました。あと、無抵抗な感じなので足が曲がっている以外は、じたばたせずに力を抜いてだらりとして、ある意味悠々と構えている感じが多いですよね。ラフ案段階の絵では、やや身体がくねくねしていたので、まっすぐのほうがいいと申し上げました。
――川口さんとしては、どのあたりにポイントを置きましたか?
川口 12という数字が1+2で3のバリエーションとのことでしたから、末広がりの三角形構図にした「III The EMPRESS 女帝」と逆に、逆三角形の構図を強く意識しました。といっても、まずモチーフが奇抜なのと、一見して絵と意味がつながりにくいカードなのであまりいじらないようにしています。ほぼウェイト・スミス版をそのまま踏襲するしかなかったですね。
三上 モチーフの力が強すぎて、絵描きさんの個性を発揮できるところが少ないカードだったかもしれませんね。でも、川口さんのは「XII The HANGED MAN 吊られた男」はカッコいい。これはタロットではどちらかというと地味なカードというか、これが出ると「まあ、身動きとれないよね、今(しょぼーん)」という感じなのですが、この絵ならめくって出てきたときも楽しいだろうなと思えました。ダンディだし。
川口 そういえば、22枚のなかで「XII The HANGED MAN 吊られた男」がいちばん好きって言った女の子がいましたね。
三上 ロックですよね。武士は食わねど高楊枝、やせ我慢的な美学がある。
――この絵だと、厳重に縛られているから逃げ出しようがないですね。
川口 ルーン文字の秘密を会得するためなのだから、ちゃんと縛って落ちないようにするだろうと思ったんです。そういう変なところ、気にするほうなんですよ。ウェイト・スミス版の絵だと、なんか縄抜けできちゃいそうじゃないですか(笑)。
三上 この死にかけてる感じがすごいですよね。
川口 9晩も吊られていれば、髭も伸びるだろうと思って無精髭を生やしました。これは男の絵描きならではの、地味なリアリティです(笑)。目もぎょろっとさせて、怖い顔つきに。もうひとつ、僕なりのアイデアとしてこのカードは黒い背景が合うかと思い、夜空にしてみました。
三上 この流れ星もいいんです。ロマンを感じさせて。
川口 これは、「XII The HANGED MAN 吊られた男」が得る天啓やインスピレーション、あるいはオーディンがルーン文字を解読できるようになる、ということを流れ星で表現したんです。描いている後半で思いついたんですが、ともすれば単純になりやすい静的なT字構図に対角線の動きをつけることができました。それによって絵に息吹が備わって、ホッとした記憶がありますね。
三上 このカードを描く以上、どうしてもこのT字の構図からは逃れられない。
川口 しょうがないよなと思っていたところに、一矢報いられたのでよかったなぁと(笑)。
三上 川口さんがそう思っていたとは、知りませんでした。
川口 青い鳥のタロットの挿絵は平面構成美を追求しているので、そのあたりには強くこだわっています。でもこのカードでは「ついに単なる踏襲にとどまるのか…」と敗北を予感していたところに、無理なく動的な構図を持ち込めたので嬉しかったんです。構図上の都合と意味合い的な都合が合致する、というのが重要なんです。僕は巧さで勝負する絵描きじゃないと自分では思っているので。やっぱり新しいものを足すとか、面白いこと、ちょっと変わったところを見せていかないとって。
――その知恵の一絞り、工夫の一ひねりがあってこその、青い鳥のタロットなのですね。青い鳥が脚にとまっていますね。
川口 はい。「孤高に真理を見つけた隠者」の時も盛大に羽ばたかせたのですが、修行の末に天啓を得た瞬間なんて、それは一つの根源的な幸福の姿だろうと思ったんです。
今回は、この青い鳥のタロットを描く上で、川口さんがいろいろと苦労されたり工夫されているのがよくわかるお話でしたね。素人には、元の絵があるからゼロから描き起こすよりは楽なのかなと思ってしまいがちですが、逆に現行バージョンに縛られて自由度が狭まることもあるんですね。といって、まったく新しい絵を描くわけにも行かない。なるほどなるほど、ご苦労が忍ばれます、でも、その工夫に脱帽です、と思ったことでした。
さて、次回は川口さんの得意中の得意と言われている(?)、「XIII Death 死神」です。どんなお話になるでしょうか。お楽しみに。
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注 ウェイト・スミス版:ライダー社の、通称ウェイト版のこと。パメラ・スミスが作画を担当したことも考慮に入れ、この対談ではこのように表記します。
[取材・構成 藤井まほ]