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VIII. JUSTICE -正義-


VIII. JUSTICE -正義-


トーキングアバウト青い鳥のタロット、今回は「VIII JUSTICE 正義」のカードです。このカードは、「バランス」「公平な決定」「客観性と主観性」「正当性」「正義」「冷静な判断力」「集中力」といった意味を持つとされます。8の数字は偶数で溜め込む性質を持ち、圧縮、凝縮といった意味に読まれます。気になるのは、8番目のカードがデッキによっては「正義」だったり、「力 STRENGTH(青い鳥のタロットでは11番目のカード)」だったりすることです。まずはそのあたりのお話から――



川口 絵を描き始める前に資料に当たっていて8番を=STRENGTH(力)にするか、JUSTICE(正義)にするか、決めかねて三上さんにご相談したんですよね。


三上 ウェイト・スミス版(注)のように8をSTRENGTHにしている場合、人間の理性で本能を抑制するというような意味とされることが多いですね。腕力ではなくコツ(意志の力)で押さえている、というような「力」ですね。一方、タロットの原形と言われるマルセイユ版に準拠した多くのデッキのように、8をJUSTICEにしている場合……まず、8は偶数なので二つに均等に分けられる数字です。8という数字を90度倒すと、天秤の2枚の皿にも見えますよね。両方が同じエネルギーを持ち、それが行き来して均衡を保つ、というように読めます。川口さんには、大元となっているマルセイユ版に倣って8はJUSTICEにしては、と申し上げたんですよね。


川口 そうでした。


三上 前の「VII the CHARIOT 戦車」は、丘の上から駆け下りて押すような動きで、それに対し押し返してくる反作用の力もある。それを受けて、「VIII JUSTICE 正義」は、そのふたつの力を調和していく、太極拳のようなイメージです。「VII the CHARIOT 戦車」のカードで拮抗している二つの力(絵柄では馬に象徴される)が統一され、調和しひとつの大きなエネルギーとなっていく、というのがざっくりした意味です。


「VIII JUSTICE 正義」って、「III The EMPRESS 女帝」とかぶるところがあるんですよね。どちらもひとつの「理(ことわり)」を象徴しています。「III The EMPRESS 女帝」は自然の摂理、「VIII JUSTICE 正義」は「合理的」と言うときの「合理」のベース。


ただし、古代ギリシャでは、神々は非合理、人間が理解できるものが合理とされます。だから、「III The EMPRESS 女帝」の象徴する自然の摂理は非合理なんですね。自然はコントロールできないし、人間には理解も予測もできない。一方の、「VIII JUSTICE 正義」が象徴する「合理」は、人間にも理解できるものなんです。描かれているのは裁判の神様、地上に最後まで残った正義と平和の女神、アストライヤーだとされています。また、正義の女神はテミス(ギリシャ神話)、ユースティティア(ローマ神話)など、ほかにもいます。個人的には、毘沙門天に似ているような気がしますね。右手に裁きの剣、左手に裁きの天秤。中和するために力をふるう。主観的な視点を客観的視点を入れて調整する、そういう感じです。


川口 「VI The LOVERS 恋人」で選択して決めたら、「VII the CHARIOT 戦車」で一気に加速する。しかし、どこかで客観性との中和が求められてくる、という感じでしょうかね。青い鳥のタロットの絵を描いていた頃の自分を象徴しているような気がします。


――描いているときには、そのように意識していなかったんですか?


川口 意味をそこまで自分に引きつけてはいなかったかもしれないです。それよりも、漠然とイメージしていた「描いてみたかった絵」が初めて描けたという達成感があったんです。だから第1稿の段階で、この絵はもうこれでお願いしますっ!!と祈るような感じで三上さんにお見せして……。これに関しては多少何かあっても目をつぶってくださいと(笑)。


三上 そうだったんですね。その無言の圧力を感じたせいか、この絵に関して私からは注文をつけてないと思います。なぜ後ろが廃墟なのかと思ったけど、まあいっかーと(笑)。


川口 ありがとうございます(笑)。廃墟は、三上さんの「最後まで地上に残った女神」という説明を自分なりに咀嚼して、闘いのあとなのかなと思ったので。


三上 川口さんの「VIII JUSTICE 正義」は女神を立たせているところが、従来のタロットとはちがうんですよね。面白いことに、彫像などで見られる「正義の女神」像はだいたい立ち姿なのに、タロットの「VIII JUSTICE 正義」は不動の法律を表すので、座った姿なんです。動かないことに意味があるので足もあまり見えてないものが多いかな。川口さんのは足がかなり見えていますけれど(笑)。

 

川口 そのへんは描き手の好みが……(笑)。個人的に、「VIII JUSTICE 正義」はウェイト・スミス版タロットの絵で気に入らないシリーズの1枚なんですよ。これじゃあ、「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」や「IV The EMPEROR 皇帝」との違いがわからないじゃん、というイライラがあって。


三上 私は”chairs”と呼んでます。


川口 まさに! タロットのことを詳しく知らないと違いが見えてこないのがいやなんですよね。絵描きとしての矜持が自分の中にあって、“一枚一枚のことを詳しく知らなくても、第一印象でぱっとわかる、カードの持つ概念がイメージとして感じ取れる”ものにしたかったんです。だから、座っている正面図である必然性のないものについては、できるだけちがった絵にしたいと思ってました。


――なるほど! それで立たせたんですね。ジャンヌ・ダルクみたいなカッコよさも感じさせる女性ですよね。


川口 風が吹き抜けるような、颯爽としたカッコよさはこのカードならではという感じですね。


三上 もし「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」や「III The EMPRESS 女帝」が立っていたら、座った絵に直してくださいって私は言ったと思うんです。これらのカードで描かれている人物には、「私は動かないで座っているほう、みんなが私のところに来るほう」というような性格があるので。そういう意味で、「VIII JUSTICE 正義」くらいなら立っててもいいんじゃないのって思ったんですよ(笑)。正義の女神が立って、自ら庶民のところに行く、という意味にもとれますしね。


川口 この絵を描く前に、そういえばMetallicaの”… And Justice for All”というアルバムのジャケットに正義の女神が描かれてたなって思って改めて見たんですよ。そこに描かれた女神を調べているうちに、テミス像に行き着いて、美しいなと思ってそれをベースに立ち姿にしたところがありました。ウェイト・スミス版とはちがって、屋外にして、水面があり、コロッセウムの遺跡のようなシルエットの背景も描きました。ある意味、絵的なインスピレーションとイメージ先行で描いたものなんです。


三上 女神を立たせたことによって出てきた躍動感がいいですよね。


川口 僕も女神が身体をぐいっとひねっているところが気に入っています。立体造形の一貫性と平面デザインとしての線の優美さ、ポーズの躍動感、構図と各輪郭線の関係、パース感というすべての要素がぴたっとうまく収まったのが、絵を描いていて初めての体験だったんです。それに、内容として表現したかった「颯爽」「凛とした」「透明感」といった要素もうまく入っていて。僕の中ではエポックメーキングな絵になりました。



―― この絵では青い鳥は遠景にごま粒のように飛んでいます。


川口 廃墟、あるいは遺跡のように見える建物に、青い鳥が宿っているというイメージです。

―― なんだか希望が持てますね。


描き手によってさまざまに翻案されてきたタロットの絵柄。青い鳥のタロットの「VIII JUSTICE 正義」は、Metallicaのカバーアートからテミス像に行き着き、このような絵になったと聞けばなんとも川口さんらしいなと感心させられました。

 

お話を伺えば伺うほど、1枚1枚が興味深く思えてきますね。さて、次回は「IX The HERMIT 隠者」のカードです。どんなお話が伺えるでしょうか。お楽しみに。



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注 ウェイト・スミス版:ライダー社の、通称ウェイト版のこと。パメラ・スミスが作画を担当したことも考慮に入れ、この対談ではこのように表記します。

 

[取材・構成 藤井まほ]

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