VI. The LOVERS -恋人-
トーキングアバウト青い鳥のタロット、今回は「VI The LOVERS 恋人」のカードです。このカードは、「分かれ道」「選ぶ前に熟考する必要性」「天意に従って選ぶ」「適合する相手が見つかる」「調和的な関係」などの意味を持つとされます。6という数字は偶数なので受動的で、環境との調和、主体と客体の呼応などと読むそうです。ウェイト・スミス版(注1)とマルセイユ版とで絵柄がまったく違うことでも知られています。前者ではアダムとイブという旧約聖書「創世記」の登場人物二人が描かれ、後者(といっても描かれたのはこちらのほうが先ですが)では一人の男性と二人の女性が描かれています。まずはそのあたりから、お話を伺いましょう。
――青い鳥のタロットの「VI The LOVERS 恋人」は、マルセイユ版の絵柄が下敷きとなっていますが、こちらの構図を採用しようというのはどちらの案だったのですか。
川口 僕ですね。一枚一枚描いていくにあたって、基本的にウェイト・スミス版をベースに、ほかのデッキなども見つつ構想していったのですが、特にこのカードはしっくりこないと感じていて。カードの意味、特に「選択」「分かれ道」のあたりと絵柄が全然合っていなくて、「恋人」という言葉に引きずられてこういう絵を描いたのかな、というくらいに。
三上 川口さんは、アダムとイブは宗教色が強すぎるのもいやだって言ってましたよね。ただ、カードの意味はどちらも同じで、人生の岐路みたいなものを表していると言われています。 ウェイト・スミス版では、イブの背後に知恵の木が描かれている。神から、その実を食べたらエデンの園を出なければいけないと言い渡されている。このカードは、知恵の実を食べてエデンの外に出るか、食べないでそこにとどまるか。自分というものを持って外で暮らすか、自分というものを捨ててエデンで暮らすかの選択ですね。
――「知って」嵐の中でも自力で生きていくか、「知らないで」楽園で庇護されて生きるか、そのふたつの分岐点を表しているわけですね。
三上 一方マルセイユ版のほうは、この真ん中の男性が妻として選ぶなら、若くて無知な女か、賢くて安定感のある未亡人かどっち?という選択と読める。上でキューピッドがどちらに矢を当てて恋を燃え上がらせるか、決めかねている絵でもありますね。自分の人生を新しく切り開くために若い女性の責任を負うという、自分の父みたいな生き方をするか、今までと同じ自分を続けるために母親のような未亡人と結婚するか、という二択だとご案内しました。ウェイト・スミス版でも、マルセイユ版でも、新しい知らないものに飛び込んでいくか、古いなじんでいるものに安定していくか、どちらかを選びたいけれど甲乙つけがたい。そのときの精神状態やフィーリングの問題でありながら、その後の人生を大きく左右していくような問題とも言えるでしょう。
川口 ウェイト・スミス版のほうは「創世記」の物語とセットで、意味に対して絵が直接的でない点が聖書の話を知らない人にはわかりにくいと思ったんですよね。僕はもっと誰もがぱっと見てわかる絵にしたくて、マルセイユ版のほうを選びました。”タイトル”と、”カードの意味”と、”絵の第一印象”。その三つをどう結びつけるかが、タロット作りでは問われると思うんですね。その結びつきが強ければ強いほど、いいデッキだと言えるんじゃないでしょうか。イラストレーターにありがちなパターンは、タイトルからぱっと思いついたものを自分の解釈でストレートに描いてしまうこと。自分ではそれはしたくなかったんですよ。
三上 こんなふうに男性が二人の女性にに言い寄られているような描かれ方を見たことなかったので、斬新でしたね。
川口 種明かしをすると、僕の創作の核である19世紀末の美術のうち、今回のタロットは特にオーブリー・ビアズリーの線画挿絵をオマージュの中心においていたんですね。特に「VI The LOVERS 恋人」では、人物のシルエットや構図へのはめ方でビアズリーの絵を強く意識していて……。その結果、やや病的な迫り感(笑)が出てきたかもしれません。
三上 ビアズリーの線画、きれいですよね。タロットって、基本的にあまり生き生きとした表情がない絵が多いので、このカードはすごく印象的だと思いました。ただ、初稿では男性がちょっとアホづらっぽく見えたのが気になって……(笑)。
川口 そうでしたね! 青年の顔の向きにも苦労したんです。斜め、うつむき、見上げる視線などと色々試行錯誤した結果、絵的なまとまり具合を考慮してこの角度になりました。三上さんのアドバイスもあって、表情は意志力を感じさせるようにして。
三上 男の人が焦らず、落ちついた表情になってよかったんじゃないでしょうか。落ちついたマインドで決めかねているところがポイントなので。目線が上に行った分、カードの意味にも沿った感じになりましたよね。右か左かに偏ってしまうと、青年がどちらかに「決めて」いるような印象になってしまうので。青年の目線を追って、見ているこちらの目が上にいるキューピッドにも向きますしね。そういえば、もう一つ描き直していただいたところがありましたよね。初稿では、左の未亡人が薄っぺらく感じられたんですよ。このカードのポイントの一つは、どちらの女性も遜色ないという点です。若さという武器VS経験という武器。
川口 そういう意味では深いカードですよね。恋人って一口に言うけどたいへんなんだぞこの恋人は(笑)。
三上 右は若いのでアホでもいいけれど、左は聡明で、凛とした媚びない女性のイメージがあるのです。後家というハンデがあっても、若い女性にはない魅力がある。それなのに、どちらの女性も男性に媚びていたら、そりゃあ右の若いほうがいいに決まってるじゃんというのが、わたしの主観なんですが。そのあたり、川口さんの若いほうがいいという好みが絵にも出たのでしょうか?(笑)
――やっぱり!(笑)
川口 (慌てて)いやいやそんなことはないですよ!
三上 まあ、そんなところまで表現しているデッキはないから、これでもいいかと思ったんですけどね。
川口 じつは、三上さんのそのご指摘には、助けられました(笑)。ウィキペディアを見たら、「向かって左側に位置する女性は(頭の被り物から見て)ある種の権力を持っているようであり、我が物顔で男性の肩に手を置いている」とあって、たしかに媚びる感じではないんですね。それで、媚び感をなくして少し高圧的に耳打ちするような雰囲気に変えたんです。
――背景の木には川口さんのこだわりがあったと聞いています。
川口 まず、絵としてはシルエットの面白さ、葉っぱの白と黒のポップな感じが気に入っています。”22枚すべてを違った印象になるように描く”という意味でも、これはかなり独特の絵になったなと自負しているんですよ。そして、「VI The LOVERS 恋人」が象徴する、選択によって運命が枝分かれしていくことを木というモチーフで表しているんですね。このモチーフはほかのデッキではないようだったのでラッキーでした。「無数の分岐」を絵として表現できて満足しています。
――青い鳥の姿は見えず、羽根が舞っているだけなんですね。
川口 描く前は、本人の意思による選択という意味で、選択の先に青い鳥=幸福はあると考え、鳥も描き込むつもりでいたんです。でも、三上さんの説明や資料から、このカードが象徴するのはむしろ主体性の薄い選択だと理解できたのでやめました。
――運命によって定められた選択肢(キューピッドの矢の当たったほう)を「選ばされる」という読み方もあるくらいですからね。
川口 青い鳥の気配はあるけれど、現時点でどの選択が正しいかはわからない。運命が枝分かれして上のほうに伸びていった結果、上のほうにはたぶん何羽かの青い鳥がいる。それを、舞う羽根が暗示している。選択肢を間違えなければ幸せににたどり着けるけれど、下から見てもわからないわけです。
――この木は、上に伸びるあみだくじみたいな感じでしょうか。「当たり」の代わりに青い鳥がいるんですね!
三上 羽根が舞っているというのは、絵としても素敵ですよね。
川口 このカードでは三上さんにたくさん助言をいただいたので、自分としてはかなり納得の行く出来栄えになりました。ありがとうございました。
ここまで深い話になるとは思わなかった「VI The LOVERS 恋人」のカードでしたが、今回もまた興味深いお話を伺えましたね。さて、次回は「VII The CHARIOT 戦車」、川口さんの絵のスピード感が炸裂するカードのお話です。どうぞお楽しみに!
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注1 ウェイト・スミス版:ライダー社の、通称ウェイト版のこと。パメラ・スミスが作画を担当したことも考慮に入れ、この対談ではこのように表記します。
[取材・構成 藤井まほ]