V. The HIEROPHANT -法王-
トーキングアバウト青い鳥のタロット、今回は「V The HIEROPHANT 法王」のカードです。青い鳥のタロット22枚の中ではかなり従来版に近い構図と絵柄。このカードは、「精神的な価値観」「倫理的教え」「スピリチュアリティ」「自己主張」「子どもらしさ」「よいアドバイス」「人に教える」などの意味を持つとされます。5の数字は、拡大、発展とも、魔除け、防御とも読むそうです。さて、お二人からは、いったいどんなお話が飛び出すでしょうか。
――今回はカードのお話をする前に、三上さんに伺いたいことがひとつあるんです。現在マルセイユ版とともにポピュラーで、新作タロットを描くときのベースともされるライダー版と呼ばれるデッキのことなんですが。ウェイト版とか、ライダー版とか、ライダー・ウェイト版とか、呼び方がさまざまですよね。このあたりの説明をお願いしたいのです。
三上 このデッキの理念は、神秘主義の結社「黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)」の流れを汲むアーサー・エドワード・ウェイトさんによるものです。ライダーというのはこれを出した出版社の名前なんですね。
――じゃあ、ウェイト版という呼び方のほうがより適切なんでしょうか。
三上 そのように言えるかと。ただ、この絵はパメラ・コールマン・スミスさんが描いているんです。このデッキが有名になって名を残したのはウェイトさんだけで、絵描きのパメラさんは注目されることなく不遇のうちに一生を終えたそうです。それを考えると、ほんとうはウェイト・スミス版と言えたらいいなと思うんですよ。
――なるほど! ありがとうございました。そういうことであればこのトークでは「ウェイト・スミス版」の呼称でやってみましょうか。
川口 ああ、そういう呼称であれば画家が浮かばれる気もしますし、同じ絵描きの一人として僕も賛成です。
――なぜこんなことを伺ったかというと、原稿を構成している上でこのデッキの名称が出てこない回はほとんどないんですよ。たぶんこれからもそうだと思うので、呼び方を決めたかったのです。
では、本題の「V The HIEROPHANT 法王」のお話に入りましょう。三上さん、このカードはどういう位置づけなんですか?
三上 描かれている「法王」は、西欧社会において中世から神の代理人的な役割を担ってきたんですね。神の言葉を伝える役割と言えます。手前にいる、後頭部の見える二人は、法王の説教を聞いている人たちとされています。5の数字は自己主張を表すと言われ、「オレの話を聞け」と言ってる法王ですよね。
――キリスト教的な意味合いが強いんでしょうか。
三上 カードの作り手や読み手によって解釈や強調したい意味に幅があるので、どのカードがキリスト教的でどれがそうでないというようなことはないと思います。たとえば、「I The MAGICIAN 魔術師」の絵に描かれている人物を、ギリシャ神話のアポローン(ゼウスの息子、信託を授ける予言の神)とする説があるんですね。そこから順に、「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」をアポローンに仕える巫女、「III The EMPRESS 女帝」を大地母神、「IV The EMPEROR 皇帝」を人間界の支配者の象徴とみることも可能です。その次、「V The HIEROPHANT 法王」は佐庭(審神者、神官)で、神の声を人間語に翻訳して伝える人というわけです。
――通訳なんですね。
三上 そうです、タロットの順で言えば、「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」がダウンロードしたものを人間のことばに翻訳する佐庭、という見方ができます。「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」の絵を見たとき、「女教皇の視線の先がわかりにくいけれど、それもいいかな」と思ったのは、「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」はダウンロード、「V The HIEROPHANT 法王」はそれを伝える、とそれぞれ役割が違うからなんです。ダウンロードするだけなら、多少視線が泳いでいてもいいですからね。
川口 「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」と法王がセットだという説明は、かなり意識しました。構図上は、どちらもシンメトリー(線対称)で配色のイメージ も似せています。とはいえ、ぱっと見たときにどのカードかを識別しやすいようにしたかったので、そこも押さえつつ。 一方で、物質界、人間界を統べる「IV The EMPEROR 皇帝」と、より精神性の強い「V The HIEROPHANT 法王」との対比についても三上さんは言及されていて。それも考えに入れつつ、印象が似ないように仕上げたんです。
三上 女教皇以降の並び、ここまでの人物カードはほかのカードとも区別がつけやすくて、実占のときも使いやすいと思います。
川口 法王のバックの闇に、女教皇と同じ星空を配置したことによって絵としても形になったと思うんです。この同じ構図やバックの絵柄を共通させた上で、女教皇→自分の中で高めるから書物を持っている、法王→人に伝える、という対比もうまく出せたのではないかと。
三上 後ろの星座がいいんですよね。最初に見たときは、素敵すぎて鳥肌が立ちました。法王が持ってる杖や服がキリスト教っぽいのに、後ろが星辰信仰――これは、キリスト教と激しく対立した末に淘汰されたんですよね。こんなふうにキリスト教的でないところが川口さんの絵の特長です。この2枚のカードの星座に、それが無意識に表れていると思うんです。たとえば、川口さんは十字架という象徴には何の思い入れも、執着もないでしょう?
川口 ないですね(笑)。
三上 キリスト教徒にとって最も重要な十字架であったとしても、あくまで絵のモチーフとしてよければあしらうし、そうでなければ省くというのが川口さんのやり方だと思うんです。ウェイトさんの属していたゴールデンドーンは英国の結社で、タロットをキリスト教にはめ込もうとした面もあるのですが、そういう「しがらみ」からある意味自由なのが川口さんの絵のよさだし、そこが日本人にもなじみやすいところかもしれません。
川口 たとえば、ウェイト・スミス版の「V The HIEROPHANT 法王」では、足下に鍵が配してありますが、悩んだ末、入れなかったんですよ。意味がよくわからなくて。
三上 この鍵は、キリストが使徒ペトロに「私はお前に天国の鍵を預ける」と言った聖書の話に由来しています。ペトロが初代法王=神の代理としてキリスト教会(信徒集団)の礎となったことのシンボルなんですよね。でも、このカードの意味的には鍵はあってもなくてもいいと思います。
――鍵を除けば、このカードの絵柄はウェイト・スミス版とほとんど変わりませんよね。
川口 まさに三上さんにご指摘いただいたように、キリスト教になじみがないので、「法王」といわれてもイメージが湧かなかったんですよね(笑)。「III The EMPRESS 女帝」「IV The EMPEROR 皇帝」のときは、ウェイト・スミス版に足りないところをふくらませようとアイディアが湧くんですが、「V The HIEROPHANT 法王」に関しては何も思いつかなかったというのが正直なところです。精神的な教えを説くというのはわかったけど、それ以上は…。「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」とペアなので、色合いや柱といったモチーフを揃えて、「IV The EMPEROR 皇帝」とのセットとしてはアングル、ポーズを揃えました。
――「IV The EMPEROR 皇帝」のカードでは「4」の数字がパターンとして絵の中に織り込まれていましたよね。「V The HIEROPHANT 法王」では、5という数字がどこかに表現されているんですか?
川口 二本の柱の上部のポイントと二人の弟子の頭で作る四角形に、法王の胸の 十字架を画面の中心にもってきて、合わせて5の構図を作ってみました。それと、椅子をこのような形にして、ほかのカードにはない形態のリズム感を作り出したつもりです。
――面白い形ですよね。
川口 平面と立体の中間くらいというか…。帽子のてっぺんだけがぴょんと出ていて、構図として面白いかなと思ったんです。
三上 法王は、この椅子に腰掛けているんですか?
川口 一応そのつもりで描いています。ただ実は、こんなふうに服の裾がまっすぐ落ちているのは絵としては不自然なんです。でも、構図的にどうしてもこのようにしたくて、どうせ足も見えてないからいいやと。
三上 「V The HIEROPHANT 法王」の絵は、たとえば「IV The EMPEROR 皇帝」と比べると足下が弱いですよね。靴がちゃちなところがポイントなんです。だから、足が見えないくらいでちょうどいい。
――知りませんでした!!
三上 法王ってグラウンディングが甘いという設定なんですよ。神の権威をしょってこその存在で、現実面では魚一匹捕まえられない。生活力がないんですね。だから、足が出ていなくてもいいと思ったんです。
川口 無意識に正解にたどり着いていた…(笑)。このカード、今振り返ると「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」との対比をいちばんメインに考えた結果、絵としては変化に乏しい面があるかもしれないですよね。あと、描くほうとしてはおじいさんにしちゃったのでちょっと意欲が湧きづらかったというのもあって…(苦笑)。
三上 でも、法王があんまり若くてイケメンだと、ちょっと違うんじゃないですかね(笑)。
――それじゃあ神の権威が別の方向に行っちゃいますよね(笑)。
思いがけず、深いところまで話が進んだ「V The HIEROPHANT 法王」のお話でした。次のカードは「VI The LOVERS 恋人」、またイケメンと美女たちの登場です、お楽しみに。
[取材・構成 藤井まほ]