III. The EMPRESS -女帝-
今回は「III The EMPRESS 女帝」のお話です。3は生み出す、増える(殖える)ことの象徴。青い鳥のタロットでは、穏やかに微笑む妊婦さんが描かれています。
――女帝のカードは、生産、創造、増殖などを象徴すると言われていますね。
川口忠彦(以下川口) 三上さんから、絵の制作に取りかかる前のレクチャーで「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」は精神性、「III The EMPRESS 女帝」は物質性などと対比させて説明していただいたのが、絵を描く上では非常にわかりやすかったです。
三上牧(以下三上) 「III The EMPRESS 女帝」は自然の摂理、生物的な営みであるところの「生みだし、子孫を増やす」という概念がベースにあります。キーワードは「フローリッシュ(flourish = 繁茂する、花開く、栄える)」なので、すべてが豊かに実り咲き乱れる、多産というイメージ。絵も「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」より派手なんです、どちらかというとゴテゴテした感じですね。生産、豊穣のカードであり、大地の恵みの象徴でもある。植物自身は、作物を食べる人の人数とか、状況に応じて実をつける量を減らすような計算をしませんよね。このカードも同じように、ただ増やせるだけ、増やしていく。できた先、種がどのようにほかに影響を及ぼしていくかはあまり考えていないのが特徴です。
――産む、殖えるというと、なんとなくいい意味だけのように思えますけれど、これもほかのカードと同様にいい悪いはないんですよね? ネガティブな面としては?
三上 たとえば、「III The EMPRESS 女帝」には守ったり育てたりという機能が付いていないんです。ただひたすら産んで増やすだけ。一方で、増えすぎて死んでしまったものをまた糧として増え続けるという面もあります。受容のカードであり、流れに逆らわず女王蜂のように産み続ける。作物の女神であり、おおらか、寛容である。逆位置は、怠惰、不誠実、無責任という感じでしょうか。「III The EMPRESS 女帝」が産んで増やしたあと、次の、安定を象徴する「IV The EMPEROR 皇帝」が責任とるのですが、この2枚の対比はまた次回に。
川口 ライダー版を見ていて、象徴しているとされる内容と辻褄が合わないなと感じるカードが何枚かあって、「III The EMPRESS 女帝」もそのひとつでした。ライダー版より「もっと豊穣感出せるだろw」みたいな気持ちで描きましたね。
――たしかにライダー版の「III The EMPRESS 女帝」は顔の表情などちょっと曖昧な感じもするし、豊穣と言われてもぴんときませんよね。
川口 僕の絵では、生産、豊穣ということで女性の母性的な面を出そうとしています。「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」がすっと直線的なポーズをしているのに対して、女性的なS字ラインの連続のポーズにしてあります。女性の柔らかさ、優しさをもっとも出せるカードだと思ったので。さらに、女性+生産→そのものズバリで妊婦さんを描いたのです。
三上 実は、説明のときに「III The EMPRESS 女帝」は妊婦(もしくはふくよかな女性)だと言い忘れてしまったんですね。それなのに川口さんが初めから妊婦さんを描いてきて、驚きました(笑)。
川口 妊婦で大丈夫だろうと、かなり確信を持ってました(笑)。通っていたアトリエに、妊婦さんがデッサンのモデルとして来ていた時期があったんです。首が長くてきれいな方で、その女性の雰囲気がこの絵にもかなり反映されています。アイテムは従来版通り、杖と盾。盾はマルセイユ版に近いものにしました。構図に関しては、3という数字と産んで増やすところから末広がりにしようと考え、三角形構図になりました。この末広がり構図と豊穣を表す背後の黄金の麦畑のアイディア、ライダー版にはないので、思いついたときはラッキー!と思いましたよ。
三上 ドレスとバックがピンクなのも素敵ですよね。青い衣を着ている「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」との対照性も際立っていて。「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」は理性的、冷徹で、どちらかというと人間の欲を抑えて神に近づく感じです。一方の「III The EMPRESS 女帝」は豊穣で、妊娠している、という対比です。この女帝さんは頭があまりよくなさそうなのも、象徴の意味と合っている気がしました(笑)。
川口 そういえば、最初、豊穣というニュアンスを出すために虹もバックに描いていたんですが、三上さんからチェックが入ったんでしたね。
三上 間違いではないのですが、象徴的に違和感があって。虹は神との契約や祝福、幸せの保証みたいな意味なんですよね。生まれてくるものに祝福を、という感じならありですが、「III The EMPRESS 女帝」はもっと自分勝手で強欲な女王さま気質なのです。だから、虹は合わないかもしれないと思って。虹があったほうが可愛いとは思うので、言おうかどうしようか悩んだのですが……。
川口 三上さんの指摘を受けて背景にあった虹をとった結果、絵は却ってよくなったのではないかと思います。黒の部分を増やして圧力を強めてみたところ、メリハリもついて自分でもしっくりきたんです。
――タロットで虹というと、ライダー版では小アルカナのカップの10に描かれていますよね。
三上 虹は一般的に「bow of promise(約束の虹)」という象徴としてポピュラーだと思います。カップの10で描かれているの虹は、気持ちの盛り上がりがマックスで愛を誓い合うということじゃないかなと思います。(注・カップは感情を象徴する)話を戻すと、「III The EMPRESS 女帝」はただ増えるということなので、いまここに有り余っている分を分け与える感じですね。そこに「約束」のようなニュアンスはないんです。
――なるほど! ところで川口さん、盾の前の青い鳥は、女帝さんになついてるという感じなんですか?
川口 この青い鳥は、卵を温めているんです。産んで増やすことそのものが幸せかどうかはさておき、産めば幸せの種もまた増えるだろうということで真似しているわけです。
――かわいいですね。
三上 わたしはこのカードの、かわいらしい色と雰囲気が好きなんですが、とりわけこの女帝さんの頭が好きなんですよ。森っぽいし、どこか妖精のようで。ライダー版の「III The EMPRESS 女帝」は、「どーん、おかん登場!」的な雰囲気があるように思うんです。華やかさより、量で!みたいな(笑)。大盛りどんぶりを差し出して「たんとお食べ!」的なところが、個人的ではあまり好きではなかったので、川口さんの「III The EMPRESS 女帝」はとっても気に入りました。
川口 ありがとうございます。そのあたりは僕の女性観が反映されているかもしれませんね。女性のどこかに繊細さや優美さ、可憐さのようなものを見出したい。青い鳥のタロットに登場する女性たちは全員、女帝に始まり、ラヴァーズの後家さん(左側)も、ユニヴァースの両性具有者でさえ、女性的な繊細さ可憐さをこめた絵にしているなと、自分でも思います。これが、僕らしいまとめ方なのだと思います。そういうことの一環として加えた、この女帝の目尻のほんのりしたピンクが僕としてはとても気に入っているんですよ。指摘されることはないんですが……。
――あ! それは言われるまで気づきませんでした! そういうこと、これからもたくさん出てきそうで楽しみです。さて、次回は「IV The EMPEROR 皇帝」。これまでとはちょっと違うイメージのカードですよね。どんなお話が出るか、どうぞお楽しみに。
[取材・構成 藤井まほ]