top of page

II. The HIGH PRIESTESS -女教皇-


II. The HIGH PRIESTESS -女教皇-

 

今回は「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」のお話。初刷、第2刷の両方で箱に刷られているカードなので、「青い鳥のタロット」といえばこの絵を思い浮かべる方も多いはず。神秘的で深淵な印象です。さて、いったいどんな制作秘話があるのでしょうか?


――「青い鳥のタロット」22枚のなかで最初に描かれたのが「The FOOL 愚者(未使用)」で、その次が「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」とうかがっています。おさらいになりますが、川口さんが最初に描いた6枚はデザインフェスタに展示するためだったのでランダムな順だったんですよね。それで、「The FOOL 愚者(未使用)」→「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」という順だったと。そして、なんでも「The FOOL 愚者(未使用)」の「失敗」が、川口さんを奮起させたのだとか……?


川口忠彦(以下川口) 「The FOOL 愚者(未使用)」が完成したときには、絵描きとして「こんな絵が描きたかったわけじゃない」という感じが強くて、自分でもがっかりしていました。三上さんにも「これはダメだと思う」と何度も言ったし、デザインフェスタで販売したポストカードのセットにも入れなかった。自分のなかでは描き直すことが決まっていたんです。


三上牧(以下三上) 正直言って、「The FOOL 愚者(未使用)」は私が見ても「まあ無難にまとまっていますね」という感じが強くて、そこまでのめり込めなかった。ところがその次の「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」には、最初の段階でクォリティの高さと、川口さんの力が入っているのを感じました。あまりにも素敵な絵だったので私もすぐに気に入って、このタロットならほしい!って思っちゃったくらいです。


川口 「The FOOL 愚者(未使用)」がうまくいかなかった一因はライダー版の絵に縛られたからかもしれないと思って、それをやめてみようと考えて。というのも、次に描く1枚で今後打ち出していくこのタロットのスタイルを確実に決めないと、このままぐずぐずになるぞという気がしたんですよね。「こういう絵柄の、新しいタロットを作るんだ」というフラグシップになる一枚ですね。「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」を描く前には、解説などには一通り目を通しつつ、ライダー版をちらっと見て絵の基本的なフォーマットは踏襲したけれど、細かい部分は忘れるようにして。このフォーマットで描けるいちばん美しい、素敵な絵ってどんな絵だろうかと模索しながら描きました。


――具体的に言うと、どの辺を意識したんですか。


川口 これは平面構成の絵なので、どう工夫して面白く絢爛なものにするかというあたりですね。ギュスターヴ・クリムト的な記号の柄を入れたり、細かいレースの感じを入れたり、平面構成がより際立つよう相似的な図形の反復を入れたりしてみて、ようやくできあがった感じです。結果的に、世紀末美術的な平面性や装飾性がうまくはまったと自負しています。


三上 わたしはこの衣の模様がとても素敵だと思いました。


川口 ありがとうございます。とにかくこのときは、まず絵としての美しさだけを追求して描いたものを三上さんに見ていただいて、マズいところがあれば指摘していただこうと思っていたんですよね。


三上 でも、あのときの川口さんはダメ出しを受け付けない感じでしたけどね(笑)。


――それはこの絵からもなんとなくうかがい知れます(笑)。


川口 そこが、まだ二人の間でやり方が確立していなかったところですよね。

 

――三上さんは具体的にどのようなことを指摘したんですか。


三上 女教皇は凛とした、プライドの高い、頭でっかちなタイプの女性と言われます。でも、ラフを見ると頭を少し下げた感じで、やや謙虚に見えてしまったんです。


川口 ところが、ラフとはいえここまで手を入れて描ききってしまうと、顔を横に向けるだけでも服のひだや模様が描き直しになっちゃうなーと思って、「できるだけこれでお願いします!!(汗)」という調子になってしまい……(笑)。


三上 もうひとつ気になったのは、初稿では月が女教皇の冠についていたところです。月は感情、日常の象徴とされますよね。それが頭にあると、頭の中心が生活という感じでまるで専業主婦みたいな印象になって、女教皇のカードの意味するところと違ってしまうかも、と思いました。女教皇は生活や感情を殺して、神に身を捧げている女性。理想を追求するあまり、自分に厳しい女のイメージがあります。だから、足元の月を虐げているような感じなんですね。さらに、初稿では視線がこちらに来ていなかった。なんとなく目が泳いでいる感じが、女教皇の強いイメージにそぐわないように思えて。


――そうした指摘に対して、川口さんはどう対処したんですか?


川口 頭の向きやポーズの修正となると大工事になってしまうので、目線だけを変えてみました。初稿では、外の世界に興味なさそうに目線を外したのですが、それが逆にナイーブさを感じさせてしまったようなので、目線を真ん中に寄せ、伏し目がちにしてアルカイックで超然とした感じにしてみました。月は、頭から外して燭台にひっかけました。捨て置いている感じが出れば、と。ポーズは変えなかったのに、月を外したことによってきりっとした印象が出たような気がするから不思議です。


三上 描き直していただいた絵では、女教皇が宇宙から何かダウンロードしてるみたいに見えました。もともと神との交信が「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」の役割なので、これでいいと思ったんです。基本的に、タロットってきまりはないですし。目線に注意して見てみると、ライダー版は結構人物の視線がこちらに向いているんですよね。


川口 青い鳥のタロットでは、こっちを完全に見ている絵は「I The MAGICIAN 魔術師」「XV The DEVIL 悪魔」と「XXI The UNIVERSE 世界」くらいですね。


三上 視線が来ないところが「不可侵」な感じがしていいんですね。「あなたとは違う次元にいますよ」と言われている感じ。ところで、私はずっと疑問だったんですけど、ライダー版の「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」のバックはどうしてザクロなんでしょうね?


川口 謎ですよね。なぜだかわからないので、僕の絵ではザクロの模様は使いませんでした。このカードで青を使ったのは知性を象徴する色だからなんですが。そうすると、後ろが派手なのはあまり合わないんじゃないかなと思って。


――図像学的にはザクロって女性器の象徴とされますよね。ライダー版ではそれを背景として描くことで、女教皇がそれを抑圧しているというのはわかるけれど、よく考えるとわざわざ描き入れるところはどういう意図なんでしょうね?


三上 頭隠して尻隠さず、的ですよね(笑)。そもそも女教皇のいるこの場所は「神殿」という設定でしょう。それなのにザクロを描いちゃったらね(笑)。


川口 女教皇の背後に描いた二重になっている窓が好きでよく描くんですが、これは実はちょっとそういうイメージもあるんですよ。僕は絵を描くときに女性器や男性器のことを連想する傾向はありますね(笑)。


三上 タロットってそういう面もありますよね。小アルカナのワンドのエースなんて、もろ男性器の象徴という人もいるし。


川口 そう考えていくと、ライダー版ではザクロで、自分ではそれは違うなと別な感じで描いたけれども案外同じところに行き着いてしまっているのか。不思議ですね。


――タロットを描くということが、何か深いところに触れるプロセスだからかもしれませんね。ところで、この「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」の完成形を先に見ていると、もうこれ以外は考えられないような気がしてしまうくらい印象が強いんですが、川口さん自身が重視した絵のムードや、こだわったディテールはどのあたりなんでしょうか。


川口 基本的には、「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」と「III The EMPRESS 女帝」を対比させた三上さんの説明がすごくわかりやすくて、描きやすかったんですよ。「III The EMPRESS 女帝」に比べると「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」は精神とか知の世界だとわかったので、その静かな雰囲気と近寄りがたさなどのイメージで描きました。両側の白と黒の柱は光と影の象徴だと聞いたのをもとに、影を象徴する黒い柱の前にある燭台にだけ火をともしたのは僕の思いつきです。あとは、このカードの宇宙的な奥深さを示すために背景に星座をおいてみたのですが、これがちょっと面白い効果になったかなと思います。


三上 川口さんの世界観が出ていますよね。宗教観というよりも、無宗教観みたいなものが。ライダー版にはあったTORAの字などはユダヤ教、胸の十字架はキリスト教的な象徴ですが、川口さんは敢えてそれははずしている。そういう宗教色の薄いところが、私にはしっくりきました。


川口 予想していた以上に、僕の象徴主義っぽい感覚がこの絵にマッチしていたみたいですね。絵のスタイルとしてはこれでかなり確立したと思います。ただ、ここまで作り込んでしまうと、せっかく監修していただいているのに修正できる箇所が限られてしまう。これでは申し訳ないなというのもこのときに感じたことです。


三上 私のほうも、この絵が素敵だと思ったからできるだけこの路線を崩したくない。ここは難しいなあと感じました。


――「The FOOL 愚者(未使用)」~「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」という最初の2枚で、お二人の間の進め方、どのように関わりながら作っていくかが見えてきた、という感じでしたか?


三上 監修者として、どんな形で川口さんの「鞄持ち」をしたらいいのかってことですね(笑)。結論としては、ドン・キホーテとサンチョ・パンサのパターンがいいだろうと。ドン・キホーテが風車に突っ込もうとも、「旦那様、それは違うと思います」とか言いながら後ろからついていく(笑)、というタイプの鞄持ちをすればいいのかなと思いました。


川口 引っ張り回してすみません(笑)。僕のほうとしては具体的に、次からはここまで作り込まず、まだ修正が可能な段階でラフを見ていただくようにしようと思いましたね。


――今、川口さんとしてはこの絵をどう見ていらっしゃいますか。


川口 振り返ると、この「II The HIGH PRIESTESS 女教皇」が絵画的な意味ではいちばん「青い鳥のタロット」らしいと思えます。これ以降、象徴をうまくかみ砕いて絵にすることに苦しみながらの作業が続いたことを思うと、いちばん「絵」そのものを優先して描いた1枚が、結局この大アルカナ22枚を代表するものになったのはなかなか意味深い。結果として、最も「象徴性としてはユルい部分があるけれど絵的に美しい」ものに仕上がったと思っています。一方で、全体をここまで装飾的に、絵画性重視に寄り過ぎなかったことは結果的に実用性を高めたとも思います。みなさんはどうでしょうね?


――いやいや川口さん、あとまだ20枚もあるんですから、ここでいきなりまとめに入らないでください(笑)。みなさんこの先も読むのを楽しみにしていらっしゃることですし。では、次回もまた「青い鳥のタロット」屈指の美女カードのひとつ、「III The EMPRESS 女帝」へと続きます。どんなお話になるのでしょうか。


[取材・構成 藤井まほ]

bottom of page