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I. The MAGICIAN -魔術師-


I. The MAGICIAN -魔術師-

 

――今回からいよいよ本編のトーク。カード1枚1枚をコラボして作っていく過程をお二人に振り返っていただきます。最初はもちろん「I The MAGICIAN 魔術師」のお話から――。


まず22枚についてお話しいただく前に三上さんにうかがいたいんですが、タロットって1枚をとってもそれぞれいろいろな意味がありますよね。絵柄もいろいろだし、解釈もいろいろ。そういうものを作っていく中で、監修者として注意したことってありますか。


三上 牧(以下三上) そのへん、じつは難しかったんですよ。タロットというのは「1+1=2」的な公式があるわけじゃなく、定義づけしにくい世界なんですよね。なので、もやもやとした雲みたいなイメージをわたしが勉強していく中でつかんだいくつかを川口さんに紹介して、そこからさらに川口さんが汲み取ったものをイメージ化する、という作業だったと思います。

 

――ことばだけじゃなくてっていうことになりますか?


三上 具体的にはメールでやりとりしながら作っていったので、ことばに負うところは大きいけれど、実際には言外の部分も含めた川口さんの受信力にも助けられました。


川口忠彦(以下川口) 僕も事前に三上さんから資料を紹介いただいていたので、複数の資料をある程度読み込んでから三上さんとのやりとりする形になって。その上で三上さんとのそういう「交信」みたいなものを経て、ひとつの塊としてイメージを受け取って絵にしていった感じです。

 

――たしかに、象徴にまつわることですものね。イメージのやりとりみたいなこともあったんじゃないかなって思ってました。さて、では早速今回のテーマの「I The MAGICIAN 魔術師」の話に入りましょう。川口さんは、マジシャンにはどんな印象を持たれていましたか。


川口 マジシャンって、描く前には自分にとってわかりにくいカードだったんですよ。だから、まず資料や松村潔さんの本をしっかり読み砕いて。

 

――絵を描く人にとって、わかりやすいカード、わかりにくいカードってあるんですか?


川口 たとえば、「XVI The TOWER 塔」だったら、カードの象徴する概念=「突然の変化、既成の枠が壊れる」が、塔に雷が落ちて壊れ、中にいた人が飛び出しているという絵柄とつながっていますよね。でも、マジシャンのカードが象徴する「始まり」と「魔術師」がどう関係しているのかよくわからない。松村さんの『魂をもっと自由にするタロットリーディング』(説話社刊)によると、カードの数字「1」に、そもそも「始まり」という意味があるとわかって、なるほどそうか、と。

 

三上 牧(以下三上) 古来、タロットの大アルカナ22枚が人間の成長過程と対応しているという捉え方があるのですが、そのひとつに愚者が旅を通じて成長する「愚者の旅」というのがあるんです。それでいくと、「The FOOL 愚者」の次が「I The MAGICIAN 魔術師」。ふらふらした放浪者のような存在だった愚者が、その次にマジシャンとなって、ひとつの場所に定住して、店を構える。


川口 それが「始まり」なんだと。


三上 といっても大がかりなお店ではなく、マーケットに屋台みたいなのを開いて始めようとしている。


川口 テキヤみたいな感じだって聞きました。


三上 そうです、寅さん(映画『男はつらいよ』の主人公、車寅次郎)みたいなイメージで、ある種のあやしさやあやふやさもあって。

 


――そして駆け出しっぽいんですよね。


三上 若くて何もわかっていない。怖いもの知らずだからこそ始められる。始めたばかりで実績がないから、勢いはあるけれどまだ信用はないといった意味もあるんです。


川口 三上さんのそのへんの説明でピンときて、描き始めたんですよ。若くて、あやしいと言ったらこんな感じかなぁと。最初のラフの魔術師はとんがり帽とローブという魔術師の記号に加えて、仮面をつけていたんですよね。


三上 そうでしたねぇ。それもあったのか、ラフでは男性か女性かちょっとよくわからなくて、ちょっと焦りました。魔術師は、伝統的に男性なので。魔術師のカードが女性なのは、わたしの記憶にあるかぎりでは「奥さまは魔女」のデッキだけでしたし。


川口 自分としては男性のつもりで描いたんですが、ラフが粗かったのでわかりづらかったんでしょうね。結局、ほかの記号とイメージが衝突して絵として成立しなかったので、仮面をはずしてイケメンマジシャンになりました。


三上 よかったと思います、少し女性的な男性のほうがモテますしね(笑)。それに、占い師の95%くらいは女性なんですよね。だからイケメンであることは大事です!


川口 ツイッターなどでいろんな作品に対する女性の反応を見ていて、男性キャラクターがイケメンであることが大事というのはわかりました。それで、僕は女の人をきれいに描くのは好きだから大丈夫として(笑)、今回は男性を描くときにもイケメンにしなきゃと意識して描いたんですよ。それまでまったく興味なかったんですが(笑)。


三上 個人的に、ラフの段階からのこの構図が気に入っていたので、そこが変わらなくてよかったです。頭の上のレムニスケート(脚注1)や、四大元素を表す四つの道具(ワンド、ペンタクルス、ソード、カップ)(脚注2)といった約束事も、ちゃんと描かれていたし。


川口 テーブルの上には四つの道具に加えて、香炉みたいなものを置いてみました。煙は、魔術的なあやしさの演出です。そしてマルセイユ版のように片手の上にコインを浮かせてみました。魔術なのか奇術なのか……このテーブルの上でだけ可能な小さな魔法ということでは、奇術に近いのかもしれない。屋台っぽい舞台装置にはカーテンを垂らして「幕開き」という意味をもたせ、左手はいざないのポーズ、「この世界へようこそ」的な感じですね。

このカーテンのように、“絵作り”と“意味”を同時に支えるモチーフなりアイデアなりが得られたときは、オリジナルのタロットとして新しい絵を描く意味が出てくるので、絵描きとしては手応えのある瞬間です。


三上 この、何か始めそうな目線がいいですよね。


川口 始めるときのわくわく感と、幸せをつかむ気満々なところは、青い鳥を入れる鳥かごを準備している様子で表してみました。絵としては、黒の美しさを強調しています。黒の端正な美しさが一番出ているカードだと自負しています。

 


――カード1枚ごとに、それぞれ違う発想やこだわりがあるんですか?


川口 22枚の「違う種類の絵の面白さ」を作るつもりでやりました。40歳を過ぎてからの仕事ですから、自分の中の引き出しを全部開けて、これまでの蓄積をすべて放出するつもりで(笑)。

 

――青い鳥のタロットが読み取りやすいと言われるのは、1枚ごとにぱっと目に入る印象がそれぞれ違うからだと思っていたんですが、作られた背景にそういう狙いもあったんですね。


川口 僕はタロットに関しては素人ですが、ライダー版を初めて見たとき、ぱっと見で似通った印象のカードがあるところが使いにくそうな気がして。そこに改良の余地があるなと感じたんです。

 

――あああわかります、ライダー版、あれとこれとかよく似てますもんね(笑)。

 

三上 そういえば、あとから一点直していただいたところ、ありましたよね。テーブルの上の四元素を表す道具の大きさがまちまちだったのが気になって…。


川口 そうでした! 剣が弱そうとか…。


三上 剣の先が見えていなくて折れそうに見えたんですよ。コインも小さくて。こういうのってその人の性格が出るんですよね。人と争うのが嫌いで、お金はあるにこしたことないけど、人の気持ちや情熱が大事っていう川口さんの価値観を表してる(笑)。


川口 僕の性格はともかく(笑)、カードの絵では四つの要素の比重が均しくなければいけないってことですよね。それでアイテムの大きさを揃えました。

 

――そうしてできたのが、こちらのマジシャンのカード。たしかに目つきが魅力的なイケメン、フールと並んで女性に人気の男性カードというお話でしたよね! うなずけます。では次回は「II HIGH PRIESTESS 女教皇」、どうぞお楽しみに。

 

[取材・構成 藤井まほ]


脚注1) レムニスケート

無限大記号の形。タロットカードでは反転、転換を示す図形といわれる。

 

脚注2) 四大元素(四元素)

古代世界(ギリシャ、イスラム世界)から18、19世紀頃までヨーロッパを中心に支持されてきた世界観では、世界は「火、土、空気、水」の四元素から成るとされていた。タロットでは、火はワンド(棒)、土はペンタクルス(コイン)、風はソード(剣)、水はカップ(聖杯)として表される。

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