2012年に発売されるもわずか1年足らずで完売し、多くの方の要望により、2014年に再版した青い鳥のタロット。
絵を中心に総合的な表現をしてきたアーティストの川口忠彦と西洋占星術師の三上牧がコラボレートして作られた大アルカナ22枚のデッキは、絵柄の美しさと、実占での読みやすさを兼ね備え、川口忠彦作品のファンだけでなく、タロット愛好家や占い師にも広く愛されています。
今回は、このタロットに魅了されたわたくし藤井まほが、5時間ノンストップで続くお二人のトークをじっくりうかがってきました。
インタビュアー+ライターとしてはもちろんのこと、占い師としての視点からも細かくつっこんでいます。青い鳥のタロットの成り立ち、一枚一枚の隠された意味や意図、制作のこぼれ話など、これからしばらく月に1~2回ペースでお送りしていく予定です。この魅力的なデッキに秘められた興味深い話をどうぞお楽しみください。
(取材・構成 藤井まほ)
イントロダクション -プロジェクトのスタート-
――川口さんがタロットの絵を描いてみようと思ったのはいつ頃だったんですか。
川口忠彦(以下川口) 思い立ったのは2011年、実際に描き始めたのは2012年ですね。
三上牧(以下 三上) 監修してほしいという連絡があってから、ずいぶん時間が経ってましたよね。これはもう実現しないんじゃないかと思ってた(笑)。
川口 もともとゲームとも占いとも関係ない縁でツイッターでつながっていた三上さんが占星術師だと知って、声をかけさせてもらったのが最初で。
三上 私のブログのプロフィールを見たら、会社員経験があるから信頼できそうだと思ったとか?
川口 それも大いにあります(笑)。あと、三上さんのつぶやきがスピリチュアルに寄り過ぎてなかったから。スピ寄りの人とはコミュニケーションとりにくそうだし、「今は星回りが悪いからやめたほうがいい」とか言われたくなかったし(笑)。
――当時タロットの知識はどのくらいあったんですか。
川口 大アルカナ22枚と小アルカナ56枚があるとか、そんな基本的なことすら知らず……。
三上 私はもともと占星術が専門だからタロットに特化したほかの先生を紹介しますよと言ったんですが、川口さんに押し切られ、そこから必死になってタロットを勉強しました(笑)。
川口 ツイッターで相互フォローしていただけで一面識もなかったのに、ごり押ししちゃってすみません。
――当時、川口さんが知っていたタロットってどんなイメージでした?
川口 知っていたのは「XIII DEATH 死神」、「XV The DEVIL 悪魔」、「XVI The TOWER 塔」くらいでしょうか。自分でも「怖め」の絵を描くからこの種の絵に目がいったのかも。
――タロットを描くことになったのはどういう経緯で?
川口 ゲーム会社で社員としてゲームを制作すると著作権は会社に帰属するんですよね。自分で著作権を持つコンテンツもほしくって。以前、『姫君の青い鳩』(“ACE COMBAT5″の劇中童話)という童話絵本を19世紀末美術っぽいタッチで出したら好評だったので、これを発展させてタロットを描いたらいいんじゃないかと漠然と思ったんですよ。
2011年の東日本大震災のあと、僕もいろいろ考えまして。個展をやらないでこのまま死んじゃうのはイヤだなと思って、秋に個展を開くことを決めたんです。その勢いで、個展を終えたあとは『姫君の~』の絵を見せたいな、タロットカードなんていいんじゃないかなと。それを軽い気持ちでツイッターでつぶやいてみたら、ファンの人たちの反応が意外とよかったので、やってみようかなあと思ったのが直接のきっかけかもしれません。それで5月に三上さんに連絡をとって、いくつかの資料や詳しいサイトなどを教えてもらったんですよね。大アルカナ22枚全体の流れについて、ざっくりとしたレクチャーも受けた。
三上 でも、それからふっつりと連絡が途絶えたので、実現しないだろうとばかり(笑)。
川口 翌年(2012)5月開催のデザインフェスタに出展することが決まってから、じゃあ、タロットを数点展示してみようと急に巻きが入った。それで、3月に再度三上さんと打ち合わせをして、描き始めたわけです。
――川口さんの絵と、たとえばライダー・ウェイト版のタロットの絵柄には、親和性があると思います。でも、それだけでひとっ飛びにタロットを描く、とはなりませんよね。川口さんにとって、タロットを描くことにはどんな意味があったんですか。
川口 それまで関わってきたゲームの世界、特にRPGは、ゲームのルールの中で映像・音楽・物語を総合的に体験するメディアです。30歳頃に代表作(セブン~モールモースの騎兵隊~、ヴィーナス&ブレイブス―魔女と女神と滅びの予言―)をリリースし、さらに個人的な創作に移行する中でも、絵と言葉と音楽の複合表現という点にはこだわりがあったんです。
――川口さんは絵だけじゃなく文章も書くし、音楽も作るし、バンドが演奏する横でライブペインティングもしますよね。
川口 あくまで絵が中心ではあるけれど、言葉(物語や詩)と音楽も欠かせないんです。2011年、個展会場用にアンビエント音楽を作って展示した絵と詩の朗読に合わせて流してみたら、そのゆるい複合性がしっくりきたんですよね。僕にとって絵とタロットカードの関係も、それと似ていると思います。
――ゆるい複合性とは?
川口 ゲームや映画だと、音楽が物語の展開とシンクロしたりするけれど、個展会場での朗読と音楽は、そこまで強く結びついてはいませんよね。タロットにも、明確なシナリオというほどではないけれど、各カードのタイトルや寓意がある。それが自分にとってちょうどいいと思ったんです。それに、物語という導入なしにそれ自体で自立するタブロー(絵画作品)よりも、タロットのほうがゲームを愛好する方々に受け入れやすいのではないかと。
――個展に来られたお客さまの反応などを見ていると、それはよくわかる気がします。
川口 「ゆるい複合」のいい点は、映像、音楽、物語のレベルがそれぞれ高くなることなんですよ。各要素が、全体に奉仕するために犠牲にならなくて済む。それと、パッケージ化された物語ではないので、一人一人の現実とリンクさせやすい……これは僕がタロットを描いていく上で実感したことでもあるんですが。
三上 川口さんが自分の人生を投影しつつ描いていくプロセスを見せてもらえて興味深かったですよ。
川口 三上さんのタロットの説明や読み解きには、大いに助けられました。この作品で、僕は絵描きとして納得のいくクォリティの絵と、タロットの深い象徴性と物語を融合させたかったので。
――三上さんというプロの占い師に監修を依頼したのはなぜだったのでしょう?
川口 タロットのように背景に独自の文化や価値のあるものに、絵描きの思い込みだけで触ってはいけないと思ったんです。もちろん、絵描きとして優れた絵を描くことは当然なんですが、どうせ作るなら単に絵柄が美しいねで終わるのではなく、本職で占いをなさる方も使えるものをというコンセプトを掲げたわけです。
三上 最初に見せてもらった1枚は、「The FOOL 愚者」でしたね。
川口 あの「幻の」愚者ですね(最終的な「青い鳥のタロット」大アルカナ22枚には採用されず、タロット発表後は2014年8月の個展で初めて展示された、以下「The FOOL愚者(未使用)」と表記)。これと次の「II The HIGH PRIESTESS女教皇」の2枚だけは、三上さんから個別の説明を受ける前にほぼ描き上げて、とりあえずこんな感じになりましたけどという形で見せたんです。その1枚目が「The FOOL愚者(未使用)」。ライダー版の絵柄をそのまま『姫君~』のタッチで描いたような感じで。
三上 これなら私の存在は必要ないじゃんって思いました(笑)。絵として無難ではあるけれど。
川口 そもそもどんなふうに監修してもらうか、どう進めるかというのも決まってなかったですよね。描き進めるうちに、二人の間でスタイルが定まっていった――まずはじめに僕から「次はこれとこれを描きます」と申告して、三上さんに各カードの個別の説明を受けます。さらに資料にあたって、ラフを上げる。それを三上さんに見てもらって、何回かやりとりをしながら細部を詰めていって仕上げる、というのが大まかな段取りですね。
三上 デザインフェスタのとき、タロットの原画は6点展示したんですよね。
川口 そうです。描いた順では、「The FOOL愚者(未使用)」「II The HIGH PRIESTESS女教皇」「XIII DEATH 死神」「XVI The TOWER 塔」「XVIII The MOON 月」「XVII The STAR 星」。
――その6枚にした理由は何ですか。
川口 まず、デザインフェスタのブースの規模として、最大で6点かなというのがあって、「The FOOL 愚者」以外の5枚は人気カードと思えるものから選びました。オレでも知ってる、タロットと言えばこれだよね、というカード。
三上 このセレクトはユニークですよ。
川口 そうかなあ(笑)。あと、デザインフェスタで全部出し切らないように、自分なりに人気カードと思っていたもののなかでも、「XV The DEVIL 悪魔」や「XX JUDGEMENT 審判」は温存してました。
最初に作画した6枚のうち、「The FOOL 愚者」だけは自分の中での位置づけが異質だったんですよ。こういっては悪いけど、絵描きから見ると「ヘボな」カードだから失敗してもいいかと。フールだし(笑)。といってやってみたんだけど、なめてかかって結局描き直しという痛い目に遭ったわけですね、まさにフール的な(笑)。
三上 最初にこの絵を見せてもらったとき、何か違うと思ったんですよね。気に入らない。なぜかわからないけど。
川口 僕も、この「The FOOL 愚者(未使用)」ができたときは自分でもがっかりして、三上さんにこれはダメだと思うと何度も言いましたよね。こんな絵が描きたかったわけじゃないんだという気持ちが強かった。デザインフェスタの会場でタロットのポストカードセットを売ったんだけど、この「The FOOL愚者(未使用)」は入れなかった。その時点ですでに、描き直すことが自分の中で決まっていたんです。
――デザインフェスタの6枚のあとは、どの順番で進めていったんですか?
三上 みなさん興味ありますよね。実は、かなり順不同なんですよ。
川口 「IX The HERMIT 隠者」「VI The LOVERS 恋人」「VII The CHARIOT 戦車」「VIII JUSTICE 正義」「X WHEEL of FORTUNE 運命の輪」「XI STRENGTH 力」「XXI The UNIVERSE 世界」「I The MAGICIAN 魔術師」「III The EMPRESS 女帝」「IV The EMPEROR 皇帝」「V The HIEROPHANT 法王」「XII The HANGED MAN 吊られた男」「XIV TEMPERANCE 節制」「XV The DEVIL 悪魔」「XIX The SUN 太陽」「XX JUDGEMENT 審判」そして、最後に描き直しの「The FOOL 愚者」。
――その順を追ってお話を伺うのも楽しそうなのですが、こちらのウェブ版ではお二人にやはりタロットの順序通りにお話しいただきたいと思います。といっても、「The FOOL 愚者」を最初にもってくるか、最後にもってくるかはタロット使いの中でも意見の分かれるところですよね。どうしましょうか。
三上 「青い鳥のタロット」に関しては、描き直されたという経緯から言っても「The FOOL 愚者」を最後にもってくるのが妥当かもしれませんね。川口さん、どうでしょう?
川口 異存ないです。
――では、青い鳥のタロット22枚をめぐるお話、次回は「I The MAGICIAN 魔術師」となります。お楽しみに。
[取材・構成 藤井まほ]